SantoStory 三都幻妖夜話
R15相当の同性愛、暴力描写、R18相当の性描写を含み、児童・中高生の閲覧に不向きです。
この物語はフィクションです。実在の事件、人物、団体、企業などと一切関係ありません。

神戸編(19)

 早朝、目が醒めると、亨はまだ眠ってた。
 窓の外はどんより暗い曇天で、しとしと雨が降っていた。
 そして俺の胸に縋って眠ってる亨は、どことなく、泣いたような顔をしていた。
 ほんまに泣いたんやろうなあと、俺はぼんやり考えた。亨がめそめそすると、いつも雨が降ってるような気がするし、こいつにはきっと、そういう力があるんやろ。雨を呼ぶような。
 不思議やなあと、その度思う。お前はほんまに、人間やないんや。神様なんやなあ、って、今では当たり前のはずのことに、毎回静かに俺は驚く。
 俺は神様と恋愛している。
 いつも自分が先に目が醒めて、眠っている亨の顔を眺めると、なんて綺麗な奴やろかと、毎朝驚く。白く輝くような美貌やし、ぐんにゃり抱きついて眠ってるのが、しどけなくて可愛いような気がするんや。
 神様が、可愛いなんて変やねんけど。
 亨は俺よりずっと年上なんやし、俺が守ってやらんでも、こいつは平気なんかもしれへん。
 それでも毎朝思う。お前は可愛いなあ、俺が守ってやるからな、って。そして亨の額にキスをする。ばれへんように。起きてる時やと、恥ずかしいから。
 ベッドにひとり亨を残して、俺はバスルームに行った。
 なんや薄ら寒いような気がして、風呂入りたいなあと思うねんけど、そこにはもちろん水煙がいる。寝てるやろうと思ったら、なんと起きてた。
 青い体をバスタブの水に浸して、こっちに背は向けていたけど、俺が来るのに気がついていたみたいやった。
 それで気まずくシャワーを浴びた。じっと見られてるような気がして。
 風呂入るねんから、もちろん裸やで。服着て入る奴おらへんからな。それに第一、裸で寝ていた。そのままシャワー浴びに来たんやもん。
 しかし何も身につけてないわけではない。指輪をしていた。亨が選んだプラチナの。寝ようが風呂入ろうが、外したらあかんねんて。誓いの指輪やからな。神楽さんがそう言うてたし、亨もそういうもんやと思うてるみたいやった。
 俺は普段は指輪なんかせえへんし、慣れないせいもあって、その輪にものすごく存在感がある。亨も同じ指輪をしてる。それで繋がっているようで、アホみたいやけど、ちょっと嬉しい。
 今までそんなこと、俺はしたことがない。してくれと言う女もいたけど、絵描くのに邪魔やし嫌やと断ってきた。恥ずかしいねん。それに俺は、そういう柄やない。
 そう思ってきたんやけどな、今こうして、案外嬉しがっている自分に気がつくと、それが結構、恥ずかしい。アホそのものやな、今の俺。
 こんなことして、何の意味があったやろ。ほとんど発作的にやったんやけど、亨と結婚するなんて、アキちゃんアホかとあいつも内心思ってたんやないか。
 それでもちゃんと、してくれたで。誓いますアイ・ドゥ言うてた。
 考えてみれば、もう今さらやけど、俺はあいつに結婚の申し込みみたいなのをしてへんかった。朝飯屋で中西支配人にすすめられ、それええなあ、みたいな気になって、せやけど亨が考えさせろと話を止めて、それで断られたんやと思ってた。
 せやのに俺の元カノが、天使になって現れて、亨はプラチナがええらしいと教えたもんやから、俺はすっかり嬉しくなってもうたわけですよ。ああ、交渉成立なんやと思って。
 それで、俺の友達・神楽遥に、とっととやれみたいな強引さで結婚させられ、気がついてみたら既婚やってんなあ。怖い人やで、神楽さん。
 なんでそんなに俺を急かすのか、実を言うたら分かるんやけど。
 あの人、亨が怖いんやろ。
 中西さんが亨を見る目は、今でもちょっと、他より優しい。意地悪やけど、お前が好きやっていうような目や。それを神楽さんは、切なそうに見てる。妬けるんやろ。
 せやけど中西さんは、神楽さんのことは、もっと普通に好きそうな目で見てる。お前は俺のもんやっていう、そういう目やで。愛しげな。
 だから心配することはないはずや。それでも心配なんやろ。それが人情。さっさと片付け、悪魔サタンで蛇の、憎ったらしい水地亨と、俺にぐいぐい押しつけてきた感じ。
 そんな悪い神父さんのお陰で、亨もとうとう既婚やからな。
 でも、そんなことで、何か変わるような奴やない。神楽さんも純情というか、初心うぶやなあと思う。それっぽっちのことで、亨が自分の男には手出さへんようになると思ってんのやもんなあ。
 俺もそう思いたいけど、現実にはどうやろ。俺は亨を信じてへん。悪い意味ではないんやけど、信じるだけアホやと思う。あいつは多情なんや。俺と同じで。そういう神やねん。それごと愛して行くしかないんやで。俺はもう、サトリを開いた。
 ええのを見たら、あいつは今後も物欲しそうな目をして、その男を眺めるやろう。信じてくれと亨は言うけど、信じてたって、虎とあの始末。そのたび芯からブチ切れて、いちいち首締めたり、刃傷沙汰では、俺も疲れるわ。無様やしな。
 せやけど結婚してんのは俺とだけやしな。それで満足していこう。まさかあいつも全員と結婚まではせえへんやろ。
 それに俺が、そんな気分で、あいつをせしめてられるのも、実はもう、あと三日やそこらではないかと、俺は思ってた。
 俺は死ぬんや。それに全然、現実感はないけど、でも、そうなんやと思ってた。
 それが現実。
 嘘みたいやけど、なまずという神が目覚めて、生け贄を求める。それに俺は、何かを捧げなあかん。祭主として、あるいは秋津の総領として。
 しきを。
 それで足りなきゃ、自分自身を捧げろと、大崎先生は話してた。
 つまり、しきやのうても、なまずは食うんや。げきでもいい。俺でもええんや。俺が死ぬのでも、これには解決がつく。
 それに気づくと、怖かったけど、それが答えやという不思議な納得感があった。
 亨を生け贄にするなんて論外や。第一こいつはもう俺の式神ではない。俺が死ねと言うたからって、死ぬ義理はない。
 増して秋尾さんなんて、秋津の家とは元来、無縁の神や。大崎先生の狐やからな。
 虎を代打になんていうのも、俺はつらい。なんであいつの世話にならなあかんねん。後に来る出来事を想像すると無惨やし、アホな鳥さん可哀想。元は俺の運命やったそれを、よそへ押しつけてしもたら、俺は信太に負けた気がしてならない。
 格好つけてるだけやねん。お前の世話にはならへんて。
 人に厄介押しつけて、自分は助かったって、それやと格好悪すぎる。男が廃るし、仮にも秋津の総領として、家督を継いだ名が廃る。
 俺はたぶん、意地になってた。そう思おうとしてた。なんにもでけへん若造やけど、生け贄ぐらいは勤まると、そんな変な意地に入ってた。
 これが血筋の定めやというんやったら、俺は逃げへん。おとんが逃げへんかったように、俺も踏みとどまって戦ってみせる。たとえそれが自分の死でも、逃げずに真正面からデッドエンドを見据えてやるで。
 けどな、本音言うたら、俺は嫌やってん。もう俺のせいで誰かが死ぬのを見るのはつらい。遺されて泣く人たちに、力及ばずごめんなさいと、頭下げるのはもう嫌や。
 俺はもう十分に、人を殺した。今度は自分が死んで、人を助ける番やないかと、それが罪滅ぼしやないかって、そういうふうにも思えてた。因果応報。とうとう俺の番が、巡ってきたんや。
 亨には済まない話や。
 永遠に一緒に居ると誓っておきながら、たったの三日で先立とうというんやからな。若いとは言え、俺も大概、無責任やで。
 でもきっと、亨には、すぐでも誰か新しいのができるやろ。いつまでも一人で放っておかれたりはしない。俺がいる時にでも、いつも誰かにかっさらわれるんやないかと、内心ビクビクしてたくらいやし、フリーになったら、すぐに誰かの手がつくよ。俺はそう思ってた。
 まさか中西さんということはないやろうけど。誰か。俺の知らない誰かだといい。想像したくないねん。今はまだ。
 考えたらあかん。なるようになるやろ。天地あめつちの、良きように、その思惑に従って、成り行きに任せるしかない。考えても無駄や、たかがちっぽけな、人の子が。
 シャワーブースのガラスの壁を掴んで湯を浴びてると、水煙がぽつりと俺を呼んだ。ジュニアと。まだジュニアなんやで俺は。水煙にとっては、秋津暁彦ジュニアやねん。
「心配せんでええねんで、ジュニア。お前は死んだりせえへんのやから」
 おずおずとした声で、水煙は俺を励ました。それに俺は、少しむっとしてた。水煙は優しかったけど、どう聞いても小さい子供を宥めるような声やったもんでな。
「そうやろか。勝呂の予言は、俺が死ぬと言うてたで。それに生け贄に亨を出すのは嫌や。もちろんお前もやで。俺は我慢ならへんわ。自分が死ぬ方がましや」
 ぶつぶつ愚痴っぽい俺の話を、水煙は項垂れて聞いているようやった。
 亨には、にこにこ強がってみせたけど、その裏で、水煙には愚痴垂れる。甘えてんのやろな、先祖伝来のご神刀には。餓鬼やねん、俺は永遠に、水煙の前では。
 情けないな、ジュニアとは、水煙は言わへんかった。静かに聞いて、甘えさせてくれていた。
「済まんけど、俺はなまずの口には合わへんのや。あいつは鉄気かなけのモンは食わへん。俺が行ってやれればええのやけどな、堪忍してくれ」
 寂しそうに言う水煙の声に、俺はガラスごしのバスタブを振り向いた。水煙は、俺の手を見てた。指輪をしてる手を。
 その目はちょっと、切なそうに見えた。
 水煙には、当たり前やけど、指輪なんかやってない。こいつと結婚したわけやない。
 俺も欲しいて水煙に言われたら、どうしようかと、一瞬思った。
 でも水煙は、そんなもん強請らへん。そもそも水煙は、俺に何かを強請るということがない。俺も愛してくれって、一回だけ強請った。俺はそれを言外に振った。それっきり何かを、強請られたことはない。好きにしていいと、許されたことはあっても。
「お前が死ぬのも俺は嫌なんやで、水煙」
 目を逸らして俺が小声で答えると、水煙は微かに声上げて笑っていた。
「我が儘やなあ、ジュニア。誰かは死ななあかんのやで。なまずは命を食う神や、誰かが死んで、命食わせな収まらへん」
 水煙がバスタブの中で脚を組み替えているらしい、静かな水音がした。見てはいないのに、青い華奢な脚の幻影が見えて、俺は目を閉じシャワーを止めた。
 さっさと服着よ。それから飯行こう。亨も起こして。今日は雨やけど、ガーデン・テラスの朝飯はどうなっているのか。昨日の朝飯屋に行ってもええけど、また中西さん達に会うたら気恥ずかしいし。せやけど、居るわけないか。怒ってたもんな、神楽さん。
「朝飯行く前に、俺を竜太郎のところへ預けに行ってくれ」
 白いタオルで体を拭いている俺を眺めて、水煙が言った。
「こんな早い時間からか。寝てんのちゃうか、竜太郎」
「寝ていないと思う。そんな暇はない。あと三日や」
 確信めいて、水煙が言うんで、俺は不思議になった。
「そんなに時間のかかるもんなんか、予知というのは」
 バスタオルを体に巻いて、新しいタオルを取り、俺は水煙を風呂から引き上げに行った。服を着てからと思ったけど、考えてみれば、服着て濡れた水煙を抱き上げたら、また着替えなあかん。それだけのことなんやけどな、正直ちょっと意識はしたな。裸で裸の水煙を抱っこするというのはな。
 でも水煙の体は、冷たかった。水の温度そのままに。生きてるもんやと思えへんかった。
 寒くないんかと思えたけども、こいつはずっと海の底にいたんや。せやから平気なんやろ、水風呂だろうが、深い海の底だろうが。
 風呂の水を抜き、タオルで包んで抱き上げてやると、水煙は自分から俺の首に抱きついてきた。
「予知によりけりや。一瞬で終わることもあれば、何日もかかる時もある。蔦子が戦の勝敗を占うたときには、何日もかかった。まだまだ視ようとしてたけど、死んでもうたら困るんで、俺が連れて戻ったんや」
「死んだりするんか」
 そんなもんとは知らんかったから、俺はぎょっとして訊いた。竜太郎にそんな危ないことさせて、大丈夫なんか。
「水に潜るようなもんなんや、ジュニア。体を離れて、未来さきへ向かって泳ぐのには、力も沢山要るし、魂が体から遠く離れているわけやから、体のほうが保たんようになる。息継ぎさせに戻らなあかん」
「息が詰まって死ぬってことか?」
「そんなようなもんや。心配せんでええよ。竜太郎は蔦子より、息が長い。あの子は龍の血を受けた一族の出や。並みの人間より上手に泳ぐやろ」
 にっこりと笑い、水煙は俺を安心させる話をしていた。
 それと見つめ合うのも何やら気恥ずかしいもんで、俺は慌てて水煙を、バスルームにあった籐椅子に座らせた。そして体をタオルで拭いてやったけど、拭きながらふと思った。
 なんで拭いてやってんのやろ。歩けへんけど、何にもでけへん訳やない。手は動くんやで。抱きつけんのやから。自分で体くらい拭けるやろ。俺のこと、変やなあって、思ってんのやないか、水煙。
 ちらりと上目遣いに様子を見ると、水煙は俺を見て、どことなく、にやりと笑った。
「変なことないで。アキちゃんも、俺の手入れは自分でしたわ」
「手入れなんか要らんて言うてたやん」
 俺が気まずく訊ねると、水煙はまたちょっと意地悪く笑った。
「要らんよ。せやけど気持ちの問題やろ。何かしてやらな気が済まんと思うけど、他にできることも無いしやろ。刃物を抱いて可愛がるわけにもいかんしな。血をやって、その血糊を拭く真似事でもするしかないわな」
 澄まして言うてる水煙の話に、遠回しな要求が含まれているのに気がついて、俺はちょっと困った。血が欲しいと言われているような気がする。
「血が要るんか?」
「要らんけど、景気づけに」
 にっこりとして、水煙は認めた。やっぱりそういう意味やったんや。
「ええけど……どうやって?」
 何とはなしに、隣室で寝ている亨が気になって、俺はバスルームの扉をちらりと見たかもしれへん。
 一体どうするつもりなんやろ、水煙。俺が亨に怒られるようなこと、せんといてほしい。
 そんな情けないこと考えている俺の顔を見て、可笑しかったんやろ。水煙はまた笑い、手を出せと差し招いてきた。そして、俺が差し出した手を、冷たい両手の青い指で掴み、指輪をしてる左手の薬指を、じっと眺める横目に見つめながら、その手首の静脈に白い歯を当てた。
 ちくりと鋭い痛みがしたけど、俺はそれからは目を背けてた。
 水煙にも、血を吸うための牙があるらしい。
 人魚の姉ちゃんにも、実はあんのかな。美しいなあってフラフラついてきたおかの男を、海ん中にひっぱりこんで、ちゅうちゅう血を吸うてんのやろか。
 水煙は、手首の静脈に突き立てた牙の傷から垂れてくる血を、真っ白い舌を出してぺろぺろ舐めていた。時々吸われるその感覚が、変な気持ちよさ。
 たぶん、なにかそういう呪縛があるんやろ。獲物が暴れたり逃げたりせえへんように。血を吸われる間は心地いいように。
 亨が血を吸う時にも、例えようもない気持ちよさがあるし。水煙もそう。このまま最後の一滴まで吸われても、気持ちええなあって、俺はうっとりしてるんやないか。
 せやけど、もちろん水煙は、全部搾り取ったりはせえへんかった。ちょっとの間吸うだけで、すぐ満足していた。
 牙が抜かれた傷口を、白い舌が最後にひと舐めすると、傷は見る間に塞がった。便利な体や。噛まれた痕さえ残らへん。
「お前の血は美味い……アキちゃんのより」
 うっとりした顔で、水煙はたらふく食った後のように、膝の上にあったバスタオルの端っこで、口元を優雅に拭った。今度は食事用のナプキンでも用意しといたろか。
「痺れるような甘露や。人の血と思われへん」
 血液評論家?
 水煙は真面目な顔して、俺を美味い物のように言っていた。
 それにどうリアクションすればええんや。俺は返答に詰まったまま、困って籐椅子にいる水煙を見下ろした。
 水煙はそれに淡く微笑み、俺に教えた。
「秋津の家は昔から、神仙に近づこうと血をり合わせてきた一族や。言うなればお前のような子は、そのひとつの成果やけども、せっかくそんなのが生まれてきた時に限って、世の中がこんなふうになっているとは、皮肉なもんや。神代の昔とまでは行かずとも、人心にもっと信心のある時代なら、お前はきっと、優れたげきとして、この島を牛耳るような立場に立てたろうにな」
 それが惜しいというふうに、水煙は俺を哀れむような、愛しむような顔をした。それは、うちの家に憑いている、血筋の守り神の顔かもしれへん。
「そんなもんに、なりたない。俺は絵描きになりたいねん、水煙。それやと、あかんか?」
 水煙はまだ、俺の手を握ったままやった。俺に期待をかけているらしい水煙にも、済まない気がして、俺は後ろめたく訊いた。
「あかんことない。好きなもんになればええよ」
 あっさり許して、水煙は少し皮肉に陰のある笑い方になり、俺から目を逸らしたまま話を続けた。
「ヘタレの茂が言うように、もはや秋津も落ちぶれたしな、それも俺の至らなさやろう。権勢を誇った世もあったけど、それがほんまに幸せか、わからんようになってもうてな。要らんのやないか、天地あめつちや神と、渡り合うための力なんぞ、いっそないほうが、お前の一生は幸せやったんやないか?」
 困ったように俺に訊く水煙は、俺とだけ話している訳ではないような気がした。俺のおとんや、その前の、さらにその前の、水煙の使い手だった、秋津のげきと話してる。俺の血の中にいる、それの名残と。
「そうかもしれへん。それはそれで幸せやったやろ。せやけど今から、何もかも捨てて、亨やお前と会う前の、元の自分に戻れと言われても、俺は嫌やで、水煙」
 嘘でもなんでもない本心で、俺は答えた。
 すると水煙は、自分の手の中にある俺の手を見て、にやりと暗い笑みを見せた。そこには指輪が填ってる。それは水煙とではない、他のやつとの誓約の証や。
「そうやろうな」
 お前は蛇と交わって、それで満足なんやろうからなと、水煙はそういう含みで答えてた。そしてやんわり、俺の手を握っていた指を離した。それが何か、捨てられたような心細さで、俺はちょっと、内心焦ってたかもしれへん。でなきゃ、言わんやろ、こんなことは。
「そういう意味やないよ。亨のことも、そりゃそうやけど……俺は秋津の家を愛してる。こんな家、普通やないわ、嫌やって、上っ面では思うけど、それでも家を出ようと思ったことはないやんか。結局、好きやねん。ここで幸せになりたいんや。俺も立派な跡取りと、お前や、おかんに認められたい」
 ずっとそれが、俺の本音のところやねん。
 せやけど俺は不甲斐ないやろ。秋津のぼんは、ぼんくらやねん。餓鬼の頃から、ずっとそう言われてた。自分でも、そんなような気がしてた。
 普通がええねん、皆と同じのほうがええんやって駄々をこねつつ、それでも、ぼんくらなんやてと陰口きかれると、ものすごく悔しかったんや。
 矛盾してる。俺は結局、どうしたかったんやろ。
 たぶん、亜里……ではない。聖スザンナ。が言うてたように、俺は自分の好き放題に絵を描いて、それを皆が愛してくれる、そんな我が儘な生き方をしたいって、ずっと願ってきたんやろ。せやけど、それは無理やって、試してみずに諦めてきた。
 自分の力を人に見せてみて、お前は人間やない、化けモンやないかって、嫌われるのが怖かったんや。愛されたかってん。月並みやけど。そういう意味では、俺も普通の餓鬼やった。皆、俺を愛してくれよって、寂しかったんや。
 俺に何も、求めんといてくれ。ありのままの俺を、愛してほしいねん。
 でもそれは、ほんまに我が儘や。お役に立たねば、ただの化けモン。ただの外道や。大崎茂の言うように。そんなモンを、ただで世間が愛するはずない。俺は巫覡ふげきや、ええモンやねんで、三都を守って戦っている、みんなの幸せを命をかけて守っている、秋津の血筋を受け継いだ、その血に恥じない跡取りなんやと、我が身の証を立ててこそ、俺は世の人に一目置かれ、愛される資格を持った者になる。
「龍を調伏するんや、ジュニア」
 水煙は俺を諭す口調で、ゆっくりとそう教えた。
「龍と渡り合え。そして、それを調伏できたら、誰もお前をぼんくらやとはもう言わへん。登与ちゃんも、お前を秋津の跡取りと、認めざるを得ないやろ。蔦子や茂かてそうや。お前を知ってる誰もが認める。お前が人並み外れた比類ない男で、三都に並ぶ者のいない、巫覡ふげきの宗主やということを」
 俺を見上げて、水煙は黒く澄み切った目をしていた。俺にはそれができるんやと、信じているような目やった。
「龍を倒せばええんか?」
 俺は真面目に訊いたんやけどな、水煙は、笑いを堪える顔をした。
「龍を倒す? 龍は神やで、ジュニア。どうやって神を倒すんや。龍は水の力を司る。海から来るというんやったら、海龍なんやろ。それを殺すということは、海を殺すということなんやで。そんなことして、ただで済むわけないやないか。自然を殺してもうたら、その後に、人はどないして生きていくんや」
 にやにや教えて、水煙は籐椅子で脚を組んでた。
 おとんは水煙のことを、元は隕鉄いんてつやったと言うてた。天より来たりし神や。その前、こいつはどこに居たんやろ。
 水煙の、つるりと黒い目と向き合うと、その瞳のない目が暗く澄み渡る宇宙の闇のようで、これまでどんなもんがその目に映ってきたんやろかと思えた。
 気の遠くなるような話や。まだ、たった二十一になったばかりの俺から眺めて、水煙はほとんど永遠とも思えるような時を生きてる。
「龍に愛されるんや。それが神と人との正常な関係やからな。神の愛を得られれば、神は尽くしてくれる。しかし並みの人間では無理や。神に愛されて、神と人との仲を取り持つのが、お前ら巫覡ふげきの本分なんやで」
 首を傾げて教える水煙は、確かに俺が好きなような目をしてた。こいつも俺を愛してくれている神や。不意にそのことに思い至り、気恥ずかしくはあったけど、それは俺の心のどこかに熱を与えた。熱い自信みたいなもんを。
 水煙はもう、俺を選んだ。俺を愛してる。おとんやのうて、俺を秋津の当主として、自分の使い手として、こいつは選んでくれたんや。せやから俺にはきっと、それに相応しいだけの力がある。きっと、やってのけるやろ。何をやるんか知らんような事やけど。それでも血の中にそれは記されている。神と愛し合うための方法論が。
 見つめ返す俺の目を見て、水煙はさらに、励ます口調になった。
なまずなだめ、龍に愛されれば、お前は正真正銘文句なしの秋津の総領や。荒ぶる天地あめつちと通じ、この地の人間達を守ってやることができる。それでこそ巫覡ふげきの王やで、ジュニア。お前なら、きっとやれる」
 にこにこちょっと恥ずかしそうに、水煙は笑って、俺に保証した。
「なんで?」
 なんでそんなに自信持って保証してくれるんや。
 俺は不思議で訊ねたけど、水煙はどことなく、もじもじ目をそらして言った。ほっぺたちょっと白かった。つまり、赤かった。普通の体ならな。
うろこ系にモテモテやから……」
 俺がめちゃめちゃ好きみたいに、水煙は斜にうつむき、もじもじ照れていた。中学とか高校の時に、学校で手紙とか、何か渡して告ってくるときの女の子が、確かこんな顔をしていた。
「モテモテって……うろこ系なんか亨だけやんか……」
 なんで水煙がもじもじするんや。
「……そうやけど。あっ、ほら、水族館の人魚とか。あれもうろこ系やんか。とにかくお前は蛇とか龍とかにはモテモテ体質なんやから、心配せんでええねん。ガーッといっとけ。竜太郎がお前にラブラブなのも、あいつが龍の眷属やからやないか。それとも秋津の血なんかなあ。なんであんな好きなんやろな、餓鬼のくせして……」
 悔しそうに目を逸らして言い、水煙は唸るみたいに白い歯を見せた。
 俺はそれを、ぽかんとして見た。
「なんで……お前が知ってんのや」
「えっ……」
 水煙も、ぽかんと俺を見上げた。それから、ちょっと考え込むように、きょろりと目を動かした。
「知らへんかったっけ?」
 明らかに、とぼけてる声やった。やってもうたわみたいな。どうやって誤魔化そかみたいな。
「知らへんかったっけやないよ! いつ聞いたんや、そんな話! こそこそ変な話せんといてくれ。亨にバレたら、あいつ竜太郎に何するか分からんやないか」
「もう知ってるわ、亨も」
 気まずそうにまた目を逸らし、水煙はぽつりと暴露してくれた。
「嘘やろ……そんなこと、あいつ一言もコメントしてへんかったで!」
「自重してんのや、蛇なりに。案外、健気やないか。それに竜太郎とは、どうせ、まだ何もしてへんのやろ。それともしたんか、配偶者には秘密にしたいようなことを」
「してへん! してません!」
 なんで俺が水煙相手にそれを必死で否定せなあかんのか。たとえしてても、別に水煙には、やましくないはずやんか。せやのに、やましい。なぜか、無性にやましい気持ちでいっぱいなってる。
「ほんなら、ええやん。お前が神仙や、鬼の類にモテんのはしゃあない。それも秋津の跡取りとしての、一種の甲斐性や。じゃんじゃんモテとけ。せやけど竜太郎はやめとけ。一応、人間やしな、あれは分家の跡取りなんやからな、嫁をとらせて血を残させなあかん。衆道ハマって女抱かれへんようになってもうたら困るから」
 そんなん以前の人間性の問題やないか。十二か十三歳やで、竜太郎。それが俺のせいで神楽遥みたいな、いけない大人になったらどないすんねん。幸せやったらそれでもええけど、その時未だに俺が好きやって言うてたら超ヤバやないか。どうやって拒むの。俺は身内には弱いらしいねんから気をつけなあかんしな。
 まあ、これから死のうみたいなことを思ってる奴が、そんな取り越し苦労をするなんておかしい。現実感がない。竜太郎が成長した暁には、俺はもういないんかもしれへんのにな。
 思えば水煙とも短い付き合いやった。俺が死んだら家督は竜太郎が継ぐんやないかと思えた。せやから、水煙を予知のために竜太郎に貸してやり、一時手元に戻してもらったとしても、その後、大して時を待たずに俺は死ぬんやろ。そしたら水煙は、海道竜太郎改め、秋津竜太郎のものになる。
 大事にしてくれるとええけどな。あいつ、水煙欲しそうやったし、きっと大事にしてくれるやろ。案外、俺よりいい当主になるに違いないよ。あいつは出来がいいみたいやしな。
 俺がついついそんな考えに入っていると、水煙が急にまた、俺の手を握ってきた。それにやんわり指を引かれて、はっとして、水煙の表情の薄い顔を眺めると、水煙もじっと俺を見た。
「そんなことはない、ジュニア。お前より秋津の当主にふさわしい男はいない。忘れたか、当主を選ぶのは神剣・水煙や。お前が俺の使い手なんや。それを忘れるな」
 言い含めるように教え、水煙は真顔やった。
 その顔が美しいように、俺には見えてた。異形の神やけど、美しい。俺を選んでくれた。俺がずっと子供の頃からなりたかったもの、絵描きやのうて、秋津の跡取りになりたいという願いを、こいつが叶えてくれた。
 俺はそれで、水煙が愛しいんかもしれへん。亨とは違う、また別の意味で。俺の長年の飢えを満たしてくれた、秋津家のご神刀。どう付き合えばいいか分からないまま、扱いかねて置き場にも困るような奴やったけど、お前も愛しいって、居直って見つめると、蔵にしまったりはせず、いつも傍に置いて眺めたいような、美しい神や。尽くして崇めたい。
 だから、ついつい無意識に、体拭いてやったりしたんやろ。それも秋津の男の本能やんか。ご神刀は俺のもの。うちの守り神やしな、お仕えして崇めたい。俺を愛してくれって、お縋りしたい。そういうもんやんか。
 もちろん俺は、水煙を竜太郎に貸してやるのが嫌やった。餓鬼臭い独占欲とは思うけど、たとえ相手が、憎くはない竜太郎でも、自分以外のやつが水煙を使うのは嫌やねん。俺の剣、俺のもんや、水煙は。
「因業やなあ、アキちゃん」
 にこりと恥ずかしそうに微笑んで、水煙はそうコメントし、俺と手を繋いだまま、剣に戻った。青白い指があった手の中には、いつの間にか剣の柄があった。そこには家紋の蜻蛉とんぼが飾られている。
 水煙の、絵を描かなあかんなあと、俺は思った。その絵はもう、俺の中では出来上がっていた。あとは紙に描くだけ。
 あと三日しかない。描くもんだらけや。不死鳥の絵も描いてやるって約束してるし、中西さんにも亨の絵の代わりに飾る、ヴィラ北野の絵を描いてあげたかった。でもそれは、間に合わへん。三日であのデカさの絵は絶対に無理や。せやからせめて、草案だけでも。約束したんやから。
 なにか描いて遺したいみたいな気持ちがあったんやろか。俺は焦ってた。絵を描きたい気持ちに駆られて、落書きみたいなのでも何でもええから、とにかく自分が描いたもんをバラ撒くみたいにして、人に託していきたかった。
 そしたら絵を見て、誰か思い出してくれるかもしれへん。本間暁彦という奴がいた。絵を描く子やった。そういえば、そんなん居ったなあって、いつかまた、遠い先の日に、中西さんも、信太と鳥も、水煙も、俺を思い出すかもしれへん。懐かしいなあ、って。
 まさかな、と思えて、自分の死に現実感がない。そやのに焦る。あと三日しかない。あと、たった三日しかない。その日をどうやって過ごそうかって、内心焦ってきて、何をしていいかわからへん。
 そういう時には俺はいつも、絵を描いていた。絵を描くと落ち着く。自分と静かに向き合える。じたばたせずに、人生最後かもしれへん三日間を、尊厳を持って過ごせるんやないかって思えて、それでとにかく絵が描きたい。
 ため息をついて、俺は亨を起こしに行った。
 画材屋どこやろ。北野にそんなんあるんやろか。なんせ初めて来た街や、画材屋どこあるかなんて知らへんわ。
 こんな事になるんやったら、家から何か持ってきたんやけどな。思えば、ちょっと半日のつもりで出町柳のマンションを出て、そのまま二度と帰れへんということになる。人生って、何がどうなるか、わからんもんやなあ。
 俺、ちゃんと部屋片付けて出てきたっけ。そのまま死んでもええような状態やったっけ。俺が死んでもうた後でも、亨はちゃんと後片付けしてくれるんやろか。それとももう二度と、あの家には帰らんのやろか。何もかも放置して、ふらっと消えてしまうんか。
 最初にうちに来た時には、ほとんど何も持ってなかったあいつも、今では訳の分からんモンを山ほど俺のうちに置いている。服とかもそうやろうけど、いつの間にか買ってきてるマンガもあるし、トラッキーのぬいぐるみまである。そんな物まで放置して、あたかも俺の遺品かのように思われたら、死んでも死にきれん。
 おかん、『ガラスの仮面』は俺の蔵書ではない。亨のや。トラッキーもそうや。それに俺はアロハは着ない。どうか頼むし誤解せんといてくれ。亨はずっと俺のうちに居るんやって、そう思ってたから、トラッキー買うてええかて言う亨に、しゃあないなあって言うたんや。だって本気で欲しそうやったんやもん。
 ほんまにお前は俺の人生に様々の、意外なものを持ち込んできた。海原遊山とか北島マヤとかトラッキーとかや。それに愛とか、プラチナの結婚指輪とか、萬養軒のカレーとかや。
 そんな、お前がおらんかったらありえへんかったものが、抜け殻みたいに俺のうちに残る。それだけを残して、自分も亨もあのマンションから消える。そんな未来を想像すると、途方もなく寂しくて空っぽすぎる。楽しくて、アホみたいやった気楽な日常が、あっと言う間にただのゴミや。お前がいなかったら、それには何の意味もない。空っぽのゴミや。
 もう一度、あの家に帰りたい。亨を連れて、いつものように、ドアをくぐって、ふたりで住み慣れた、懐かしいあの家に。
 でも、もう、帰られへん。生け贄なって死ぬつもりやていうんやったら、俺はもう、あの家に帰らん覚悟を決めなあかん。それが死というもの。ふらっと出ていき、もう戻れない。毎夜、亨と抱き合って寝た、あのベッドには、俺はもう二度と横たわることはない。
 それが死や。
 まだ抜き身のままの水煙を、居間のソファに残していって、装飾用の壁で仕切られた向こう側にあるベッドを覗くと、亨はまだ俺に縋ったままのような、側臥のポーズで眠っていた。それがまるで、もともとは二人で寝ていた絵から、自分だけが抜け落ちたみたいに見えて、俺は内心、軽いショックを受けていた。
 ベッドに上って、亨の頬を軽くばしばし叩くと、亨はううんと甘く苦しいような唸り声を上げた。それでも起きへん。しょうがないから布団を剥ぐと、びっくりしたんか、亨はびくりとした。
 もちろん裸やねん。裸のまま寝てる。服着て寝てるとこなんか見たことがない。昨夜もいつも通り組んずほぐれつして、汗ばんだ脚を絡めて抱き合ったまま寝た。いつもそうや。大体そんな感じ。新婚初夜でも何ら変わらへん。婚前交渉しすぎやねん。
 寝ぼけたような、気怠い目をして、俺を見上げた亨を起こそうと思って、俺は亨の白い体に屈み、肩と顎とを抱き寄せて、唇にキスをした。
 亨はすぐに目が醒めたんか、それでもまだ気怠いような仕草で、俺の背中に腕を回して引き寄せてきた。そしてそのまま腰に巻いてるバスタオルを剥がそうとするのを、俺は止めた。
 毎朝のことや。亨はいつでもやる気まんまんやけど、いちいちやってたら、やってるだけで朝が終わってまう。それどころか一日終わってまう。何日でも過ぎる。
「あかん、あかん。違うねん。竜太郎のところに、水煙を届けなあかん。それから画材屋どこか訊いて、紙とか買いに行きたいし、一緒に来てくれ、亨」
 ひとりは寂しいんや。ひとりになりたくない。お前と一緒にいたい。ベッドで抱き合うのもええねんけど、ふたりで街を歩きたい。一緒に絵を描きたい。なんてことない話をだらだらしたい。あと三日しかないし、俺は焦ってるんや。
 なんで虎の信太が意味もなく鳥さんを連れ回していたか、俺にはなんとなく想像がついた。あいつはたぶん、感づいていたんやないか。蔦子さんの考えに、察しをつけていた。それでも逃げも隠れもせえへんかったんやから、承知してたんやないか。蔦子さんが今度こそ自分を、なまずの生け贄として捧げるやろうという事を。
 寛太は知らんのやろ。震災の後に生まれたという話やったし、前の儀式は見ていない。見てても理解できてるかどうか謎や。あいつどこまでアホなのか計り知れんようなとこあるしな。
 何にも分かってへん。いつもにこにこ笑ってる。それを虎は、蕩けそうな目で見てる。
 あの目は実は、そういう目やったんか。好きでたまらん、一体あと何日、これを見てられるやろっていう、そういう切ない目か。
 俺もそういう目で亨を見てた。亨はまだ眠いんか、泣いたような目のまま、自分を抱くように覆い被さる俺の顔を見上げてきた。
「画材屋? 絵描くの?」
 またか、みたいな苦笑で言って、亨は寝起きの掠れ声やった。その声はその声で、ちょっとハスキーでいい。
「せえへんの、朝エッチ」
「せえへん」
 甘い声で訊く亨に、俺は難しい顔で断言した。
「下の人にも意見を聞いてみてもええか」
 うっとり幻惑されそうな笑みで言って、亨はタオルの中に手を入れようとした。もちろんそれは拒んだ。
「聞かんといてくれ」
 情けない。そうなると自信ないしな、下の人より俺の意見を重視してくれ。俺は顔をしかめて首を横に振ってみせた。しかし亨はあくまで下の人の意見を聞きたそうやった。
 それをなんとか振り切って、俺はベッドの奥にあるクローゼットのところへ服を着に行った。裸でいたら何されるかわからん。
「とっとと風呂入って着替えろよ。一日勿体ないからな」
 亨は渋々やけど頷いて、シャワーを浴びにいっていた。白い脚が、暗い赤の絨毯を踏んでいくのが、眩しいくらいに目に焼き付いて見える。
 ほんま言うたら、俺は亨を抱きたかった。いつまでも心ゆくまでベッドで絡み合って、亨を喘がせてたい。でも、そんなことしてたら、たったの三日なんてきっと、何も遺さないまま過ぎていってしまうやろ。
 それはそれで、いい時間の使い方なのかもしれへんのやけどな。いつもと同じや。いつもやってることと大差ない。
 何をすればええのか、俺には分からんのやけど、なにか、いつまでも亨の記憶に残るようなことをしたかった。それが何かは分からへん。とにかく、いつもはしないような事。それをずっと、亨が憶えておいてくれるようなこと。
 そんなやつも居たなあって、懐かしく思い出してくれるようなこと。
 それを思いめぐらすと、俺はますます焦った。あまりにもノー・アイデアすぎ。なんにも思いつかへん。何してええやら。
 窓の外では、まだ雨が降っていた。どうやら一日、ずっと雨降るつもりらしい。今日はやるでえみたいな雨雲やった。
 昨日まで上天気やったのに、こんな時に限って雨降るんやからな。俺ってちょっと、雨男気味なんかな。何となくそういう面はある。暗くどんよりしてると、空も暗くどんよりしてきて、気分的にもじめっとしてると、雨降ってくる。泣くと豪雨。
 餓鬼のころに学校で嫌なことあって、泣くもんかと思って走って帰ってくると、大雨に降られてびっしょびしょになる。それでも泣いてへんのに、おかんに、アキちゃんまた泣いたんかと訊かれ、泣いてへんわとキレなあかん。そしたら雷鳴が轟いて、怒ったらあかんえと、厳しい顔して、めって言われる。隠れて泣いてもバレバレやねん。ものすごい雨が降るからな。
 そのへんも結局、コントロールできてへん。自分の感情というか、それにまつわる力の制御ができてへん。顔には出さんようにできても、俺の心に天地あめつちが、共感して泣くのまでは止められへん。余計なお世話やというのも失礼やしな。
 亨が着替えてくるまで、俺は結局ぼけっと窓から雨を眺めてた。
 雨か、と思って。
 確か蔦子さんが昨夜、うちのおとんの雅号は暁雨ぎょううというんやと話してた。雅号ていうのは、つまりペンネームやで。絵を描く時に入れる署名サインに、本名でもええけど、雅号を使う人も多い。そっちのほうが普通や。
 雅号は自分の名前とか、出身地とか、何か縁のあるものから字をとって、それに自分の個性を絡めて名付ける。自分で付ける人もおるやろけど、だいたいは師匠とか、尊敬する心の師に付けて貰う。
 おとんにも師匠がおったんか。それは分からんのやけど、雅号に雨の字が入ってんのやし、おとんも雨男やったんかもしれへん。そうやったらええのにな。なんか親近感湧くやんか。
 そういう俺にはまだ、雅号はない。本名で絵描いてる。俺の場合、何が本名なのか、今イチわからへんような気もするけど、本間暁彦や。今まで描いてきた絵には、その名前で署名サインを入れてた。一人前やないのに、雅号というのは生意気かと、そんなふうに思ってたんやけどな。いつか絵描きとして一人前になったら、誰かに付けて貰おうかって。
 でもそれも、結局名無しのままやった。
 なにもかも中途半端のままで、俺は死ぬんや。そう思うと、無念で悲しい。
「アキちゃん、行こか」
 心配そうに、亨が俺の手を引いて訊いた。
 相当暗い顔してたんやろか、俺は。そんな湿っぽい顔してるから、雨も止まへんのやろ。にこにこしてよ。せっかく神戸に居るんやし、亨と綺麗な海見たいしな。
 作り笑いや。満面の笑みとはいかへん。俺はうっすらとしか笑ってなかったと思う。
 亨は余計に心配そうな苦笑で俺を見つめ返した。
「アキちゃん、暗い顔せんといて。心配いらへん。水煙もそう言うてたやろ。アキちゃんのことは、俺が守ってやるしな、安心しといて。大船に乗ったつもりで!」
 俺を励まそうと思ったんやろ。亨は嘘くさい威勢の良さやった。
 俺はそれに苦笑で答えた。
「船酔いすんのにか?」
「ああそうか……じゃあ、なに? 装甲車に乗ったつもりで? 象に乗ったつもりで? いや、俺は蛇やけど。ほな、蛇に乗ったつもりで? あれ……それやと何や、意味違ってけえへん?」
 亨は困った顔やった。
「アホか。そんなん何でもええねん。竜太郎の部屋行こか」
 真面目に代案を考えている亨が可笑しくなって、俺は今度は本当に笑った。亨はちょっと切なそうに、俺を見て、愛しそうな顔をした。それこそ俺の好きな顔で、死ぬまで見つめていたいような愛しい顔や。
 でも今はなんかつらい。目の毒や。なんか変なこと言うてまいそう。思い詰めたような、切羽詰まった話をしそう。
 それで慌てて手を引いて、俺は亨を部屋から連れ出した。
 水煙は相変わらず抜き身のままで、神楽さんはさやを返すのを、うっかり忘れ続けている。うっかりしすぎ。ぼやっとしすぎやねん、あんた。部屋を出るときに思い出さないというのがむかつく。何を考えてんのや、部屋を出る時。どうせすぐるさんすぐるさんやねん。俺もそうやったわ、亨とデキてもうてすぐの頃。叡電の定期忘れて家を出て、取りに帰って、また忘れて出かけたりしとったわ。
 そんな奴に、正常な記憶力を期待しても無駄。水煙には当分、さやは要らんやろうし、俺は抜き身のまま竜太郎に預けることにした。せめてさやに収めろと、フロントのお姉さんに叱られたもんで、廊下を歩くだけでも、誰かホテルの人にとがめられるんやないかとビクビクする。
 俺らの部屋が三階で、竜太郎と蔦子さんは二階に泊まっていた。
 なんやよう分からん。廊下がうねうね曲がっている。どうしてこの四角い建物の中で、廊下がうねうねできるのか、絶対におかしい。異界やここは。霊振会が何かやってんのや。
 竜太郎の部屋は蔦子さんの隣室で、うねうね廊下の途中にあった。2025−8という、およそホテルの部屋番号として不自然な部屋やった。隣の蔦子さん部屋が2026−8やで。変やねん。どこかに2025−1から2025−7までがありそう。うねうね廊下も、ここは中庭の上空とちゃうかと思えるところを横切ってるし。
 俺も訊きたい。中西さんやないけど。一体どうやって、七十五室しかないホテルに二千人ぐらい泊まるのか。
 蔦子さんは、知っているんやろか。知ってるんやったら、訊いてみようと思たんやけど、俺は蔦子さんとは会えへんかった。
 部屋の前まで行くと、そこには昨夜もスポーツ・バーにいた、銀髪の式神が待っていた。確か啓太けいたと蔦子さんは呼んでいた。眼鏡がいかにもお堅そうで、ひんやりクールそうなやつや。エリート公務員、銀行員、そんな感じの男。
「おはようございます」
 礼儀正しい会釈を見せて、式神は俺に挨拶をした。俺も思わずそれには頭を下げた。
「約束どおり、水煙をお貸しするんやけども、蔦子さんに会えるやろか」
「せっかくお越しいただきましたんやけど、蔦子さんは取り込み中です。竜太郎が予知を始めたんで、その介添えで。俺がお預かりするように言われていますが、それで差し支えないでしょうか」
 剣を渡せと、式神は言っていた。
 水煙を、こいつに預けろって。それは嫌やで。信用してええのかどうか、分からんやないか。だいたいこいつが何者かも、俺は知らんのに。
 出し渋る俺の顔を見て、髪も目も銀色の式神は、眼鏡の奥でちょっとだけ笑ったようやった。
「無理ですか。大事な本家のご神刀やもんなあ、水煙様は。お高いのんは相変わらずで、未だに自分のおみ足では、歩くこともせえへんのですか。怠けてるだけですよ、ぼん。もっと厳しゅう言うてやったらええんです」
「歩けんの、水煙?」
 びっくりしたように、亨が眼鏡に訊いていた。
「歩けるやろう、心がけしだいでは。君かて歩けんのやから。蛇が足生えて歩くんやったら、椅子や机でも歩けるわ。水煙かて、別の位相で見たら、ちゃんと足あるやないですか? そこでは歩けるんですよ、こいつ」
 うるさい、雪達磨ゆきだるまと、水煙が呟いた。この位相の重力は俺の体には重いんや、と。声でない声で。その声はものすご冷たかった。宇宙空間の絶対零度級に。
 そういえば、この眼鏡は何者なんやったっけ。知らんなあと眺める俺に、水煙が答えをくれた。俺に言うたわけやないんやろけど。
 水煙は、眼鏡相手にぺらぺらこう言うた。
 地球も温暖化してきてるから、お前ら氷雪系はつらいやろ。お気の毒やなあ、北へ帰れ。三都にはもう雪は降らん。お前らがヘタレやからや。悔しかったら雪降らしてみろ。一面銀世界みたいなの見たら、うちのジュニアも喜ぶわ。雪、好きやから。
「……雪、好きなんですか、ぼん?」
 眼鏡の奥の銀色の目で、その式神はじっと俺を見た。じいっ、と見た。思わずそれと、じいっと見つめ合うと、吸い寄せられるような目やった。なんかね、抱かれて眠ったら気持ちええかなあ、ああもう眠ってまいそう、だんだん気が遠くなってきた、寒いけど、まあええか、マッチは要りませんか、みたいな……そんな感じ。
 や、やばいで、こいつ。雪女の男版? 雪男? それってなんか違うんやないか。だって子供の頃にトンデモ本で見た雪男って、でっかい白い猿とかシロクマみたいなやつやったで。せやけど、こいつは違うで、見た目綺麗やで。白肌で、ちょっと大人っぽくて、頼りがいありそうな。冷たそうやけど、抱きしめる腕は力がありそうな、そんな新しい世界やで。
 嫌や。俺にはそんな趣味はないから! やめてくれ、蛇に乗るので満足してるから! これ以上俺に、世界拡げさせんといてくれ!
 俺は必死で目をそらし、凍死を免れた。『マッチ売りの少女』やったら、クリスマス・ツリー出てくるところらへん。危ない。お婆ちゃんまで行ってたら凍死のコースやった。
「アホか、水煙。藪蛇やないか! 付け入る隙を与えるな! うちはもう定員オーバーやて言うてるやろ!」
 俺が持ってる抜き身の剣に、亨はわざわざ身を屈めて必死で怒鳴っていた。
「いやいや、俺は蔦子さんのしきやから。失恋したてで挙動不審なだけです」
 はっとしたように、眼鏡を押し上げる仕草になって、冷徹そうな男に戻った雪男は言った。そして亨に、愚痴愚痴と文句を言った。
「ほんまにお前が余計なこと言うからやで、空気読めへん白蛇め。お前が愛やとか言い出すから、寛太おかしなってもうたやんか。俺もあいつが好きやったのに、もう手も握ったらあかんて言うんやで。どないするんや、このまま冬なって、虎がしおしおなってきたら、誰があいつを食わせていくんや」
「しおしおなんの、信太!?」
 亨はぎょっとしていた。冬に来ればよかったと俺も思った。
 でも、そしたらこの氷雪系に踏みにじられていただけかもしれへんけど。
 亨をじっと見下ろして話す眼鏡男の、ちょっと顔近すぎへんかみたいな距離感に、俺は若干、ぴくりと来ていた。
「しおしおなるよ。夏やから絶好調やねんで。野球やってへんときの虎キチなんて、気の毒なもんやないか?」
「そうやったんや……」
 呟く亨は明らかにショック受けてた。何かまずいか、虎が絶好調やなかったら、お前になんか不都合あんのか?
「むしろあいつがみなぎってる時期のほうが短いんや。十月から二月ごろまでは俺のシーズンやで。寛太もよろこんでた。めちゃめちゃかったのに。お前のせいや。怜司れいじもしょんぼりしとったわ。代わりにお前が責任とってくれるんか?」
「いや、俺はもう人妻やから……」
 照れるみたいに口元を手で覆って顔を背け、亨はわざと指輪を見せていた。
 自慢するな。俺に付き合ってやって渋々みたいやったくせに。嬉しかったんか! ほんならそう言え、お前は乗り気やないんやと思って、めちゃめちゃ恐縮してもうてたやないか。
「人妻でもええねん、別に独占しようという話やないやんか……ときどき、にっこりして抱かれてくれたら、それでええのに。くうくう喘いで可愛かったのに。そっけなかった冷たい俺があかんかったんか。あんな暑苦しいのが、あいつは好きやったなんて。どうりでアロハ着てるわけやわ。派手好きなだけやなかったんや……」
 くよくよ首振って言う雪男は、もう亨は見てへんかった。モテんねんなあ、アホの鳥さん。どこがええんやろ。アホならではのエロさみたいなのがあるからかなあ。俺にもモテてた実績があるから、今さらもう、あんまり深く考えたくはないんやけども。
「元気出せ……きっとまた新しい春は来る。……いや、冬は来る?」
 何て言うてええやらみたいな、気まずそうな顔で、亨は失恋男を励ましていた。
 式神どうしがデキてまうなんて、そんなこともあるんやな。というか、デキまくりやないか、海道家。メロドラマ並みの相関図やないか。何でそんなことになるんやろ。
 それはどうも、蔦子さんの方針らしいねん。自分が相手するわけにはいかへんやろ。蔦子さんには、夫という、若いツバメがおるし。式神としてお抱えのイケメンどもと、自分が仲良うするわけにはいかへんらしいわ。ああ見えて真面目なおばちゃまなんやで。結婚後はな。
 せやから、寂しいんやったら、お前ら勝手にむつみあっとけという事らしい。そして放置していた。喧嘩にならへん程度やったらな。寛太は生まれたばかりのフェニックスやし、皆で面倒みてやれと、そんなふうに申しつけてあったらしいわ。それでどうも、皆で面倒みすぎやったみたいやけどな。
 でもそのお陰で、神戸のフェニックスは死なずに生きていた。組んずほぐれつ持ち回りやで。誰とでも寝る、いけない鳥さんや。せやけど、そうせんと死ぬんやないかと、蔦子さんは思ったし、もしかすると鳥さん本人もアホなりに理解してたんやないか。
 飯食うようなもんやからな、精気を吸うのは。亨もそうやろ。飯食わへんかったら飢え死にしてまうやんか。
 神殿があるとか、強い信心で守られているとか、自分で直に天地あめつちの力を吸えるとかいうような、特定のエネルギー源を持ってない奴は、力のある他の式神や、外道か神を相手にして精気をもらうか、不特定多数の人間から吸うかや。
 信太がへこたれる、夏以外のシーズン、鳥さんはまさに誰とでも寝るような奴やったんやろ。アホやし自己管理なんかできへんからな、あろうことか虎が采配していた。あいつと寝ろ、こいつに抱いてもらえって。それに鳥さんは大人しく従ってたわけやな。
 まさに娼婦と女衒ぜげんやないか。
 実は独占したいような、そんな好きな相手が、自分に命じられるまま他のに身を任せるのを見るというのは、それはどういう気分やったやろ。俺なら耐えられへん。そうする必要があると理解してても、夏が永遠に続けばええのにって願うやろ。
 この夏の終わりを、もう見たくないって、虎も泣いたかもしれへんわ。いくら強いタイガーでもやで、心はあるんやから。
 せやけど、ほんまに、夏の終わりを見ないまま、なまずに食われるやなんて、それはそれで耐え難いはずや。そうやないのか。
 いくらご主人様のご命令でも、虎は納得できるんか。可愛い鳥さん後に遺して、自分はこの世とおさらばや。それが後、たった三日後のことかもしれへんのやで。
 しかし虎は平気そうやった。少なくとも、そう見えた。この時、隣の2024−8号室から、ひょっこり顔出したところを見たら。
「やっぱ本間先生やんか。おはようございます」
 にこにこ愛想のいい虎は、下だけホテルのパジャマを着ていた。頭ぐちゃぐちゃ、上半身は裸のままで、いかにも今まで寝てましたみたいな顔やのに、それでも煙草は吸っていた。
「廊下は禁煙やで、信太」
 むすっと傷ついたような顔で、眼鏡の雪男が教えてやっていた。
「ごめんごめん、怒らんといてくれよ、けいちゃん。細かいなあ。空中やから平気」
 部屋の扉をもたれて開けたまま、ギリギリ部屋の中に立つ虎は、あっけらかんと言い訳していた。
「何やってんの、そんなとこ突っ立って。竜太郎、どうかしたんか?」
 悪びれもせずに煙草ふかして、虎は眼鏡に訊いていた。
「また予知してるんや。気楽やなあ、お前は。この正念場に。竜太郎が必死で頑張ってる時に、寝床でだらだらしてたんか」
 悔やむ口調で非難して、眼鏡は腕組みをしていた。
「ええやないか、たまの寝坊くらい。せっかくのリゾート型ホテルなんやし、寝坊しようよけいちゃんも。また蔦子さんに朝っぱらから用事頼まれたんか。お前はなまじ役に立つから、そうやって使いまくられんのやで。自分でやらんと、たまには他のに仕事回せ。夏バテでやる気出ないとか言うとけ。もう溶けそうやとか、半分溶けてるとか」
 くつくつ笑って、虎は腹を掻いていた。ものすごくユルい。とても三日後に死ぬ覚悟を決めているようには見えへん。
 まさか知らんのとちゃうか。抽選の上とはいえ、自分が当選して生け贄にされるかもしれへんということを、と、俺は危ぶんだ。
 でも、知らんのやったら知らんほうがええわ。俺はもともと、誰かに押しつけるつもりはない。変に気を揉むくらいなら、全然知らんほうが幸せなんや。
ぼんが剣持って来るはずやから、ここで待っとけと、蔦子さんに言われたんや」
 むすっとしたまま、眼鏡は答えた。
「それはそれは、またしても予感的中やな。本間先生、こいつは真面目な奴やし、水煙に悪さしたりせえへん。あるじのご命令なんや、受け取られへんままでは、啓太も引っ込みつかへん。水煙、預けてやってくれへんか」
 そう言う虎は、見た目は眼鏡より若いのに、まるで兄貴分みたいな話しぶりやった。俺の弟、困らせんといてくれという、兄ちゃんみたいな感じやねん。
 それもそのはずで、信太は蔦子さんが飼うているしきの中では筆頭やったんや。一番、歳も食っていた。神として、怪異としての履歴が長い。それで他の式を圧倒していた。水煙風に言うんやったら、蔦子さんの序列一位のしきが信太やねん。
 水煙みたいな、何万年規模のやつは別格で、式神になるような人ならぬ怪異は見かけの歳によらず、案外若かったりすることも多いらしい。長生きするのは大変なんや。何かの偶然で生まれたものの、うっかり消えて無くなってしまうようなのも多々あるし、何百年、何千年を生きた神でも、あえなく消滅してまうような、不信心な世の中やった。
 昔の川には、河童なんかいくらでもいたけども、今はもういない。誰も信じてへんからや。そういう事やねん。
 巫覡ふげきはそんな怪異にとって、一種のシェルターみたいなもんで、お前はこの世に存在すると、信じてやって、血をくれてやる。時には祀る。神様みたいに。そうすることで、消滅するのから免れる。そうやって守ってやるのも巫覡ふげきの仕事のうちらしい。絶滅危惧種は保護せなあかん。
 そんなわけで、蔦子さんは式神を沢山集めていた。家で飼うてる奴らもおるけど、野放しにして、時々あの甲子園の家の鬼門から、ふらっと現れて飯食うていくような奴でも、冷たくあしらいはせえへんかった。信太みたいなのに命じて、どこかで路頭に迷ってるような奴を、見つけにいかせる事もあった。消えてまうのも可哀想やけど、うっかり鬼にでも化けてもうたら、それはそれで厄介やからや。
 それで信太は子分みたいに、自分が見つけてきた式神たちを従えており、そいつらは皆、信太に一目置いている。鳥さん見つけて海道家に連れてきたのも、そういう訳や。そういう連中は、蔦子さんのしきでありつつ、信太に仕えているような面もある。それと徒党を組むことで、虎はさらに強くなる。チームプレイやな。まさにタイガースの皆さんや。
 そんなふうやったから、眼鏡の雪男は、ずっと昔から海道家に仕える式でありながら、実は信太より序列が下やったんや。へいこらへりくだるという訳ではないけども、それでも信太が不死鳥を独占するんやと決めれば、それには逆らわれへん。逆らおうと思えば、タイガースとサシで戦うことになるからや。虎が絶好調の夏やったし、信太はほんまに古い神やった。温暖化による年々の猛暑に喘ぐ氷雪系にとって、それは無謀というものや。
「お前を信用してええかという疑問もあるのに、どないしてお前の話を信用するねん」
 俺は思わず信太に、そんな冷たい態度やった。嫌いやったんや信太が。好きなわけないやろ。経緯は知ってるやろ。こいつは俺の亨に手を出しよったんやで。許せへん。蔦子さんの式神やから、何も手出しはできへんけども、それでも好きではなかったわ。
「厳しいわあ、本間先生。本家と分家の仲やんか。それに俺はもうじき、先生のしきになるんやで?」
 けろりと笑って、信太はそう言うた。どういう意味か、俺は悩む顔やった。信太は、知らへんのかと、薄笑いする顔になり、また煙草をふかした。
「聞いてませんか。昨日、蔦子さんから聞いてるんやと思ったわ。本家にしきが足らんから、先生のとこへ行くよう言い渡されてます」
 それには眼鏡の式神も、驚いた顔をしていた。
「聞いてへんで、信太」
「そうか。でも今言うたやろ」
 くわえ煙草でにやにや答える虎を、いかにも真面目そうな顔立ちに思える眼鏡のほうは、じっととがめるような目で見つめていた。
「お前が抜けたら、寛太はどないなるんや。まさか、あいつも連れていくんか」
 それは、なんという悲劇。眼鏡の雪男は、そんな顔して言うた。たぶん訳は分かってないんやろ。鳥さんが同じ家におらんようになるのは、つらいなあって、その程度の悲劇。せやけど信太はもっと、堂に入った悲劇を想定していたはずや。参ったなあというような、苦い笑みで首を振っていた。
「連れていかへん。置いていく。啓ちゃん、あとは宜しく頼むわな」
「宜しく、って……どないなっとうのや。独占するとか言うてたと思ったら、今度は捨てていくなんて。訳わからへん。無責任やと思わへんのか」
「うん。まあ、そうやな。無責任やろけどな……連れてくわけにいかへんからな。お前が、なんとでも、ええように言うといてくれ」
 宜しく頼むという口調の信太の顔を、啓太は銀色の目でじっと見た。それは咎めるような目で、かなり冷たいもんやった。
「言うてへんのか。言わんと行くつもりか」
「そのつもり」
 大きく頷いて、信太は薄く微笑んでいた。それについては、じっくり考えた結論やというふうに、俺には聞こえた。それでも今その話を聞かされたばかりの氷雪系には、なんて冷たい話やと、思えたんやろう。
「ちゃんと言うてやれ、信太。話せば分かるよ。あいつもお前が思ってるほどアホやないで。ちょっと、ぽかんとしてるだけや。深く考えてへんねん。自分で考えんでも、お前が考えてくれると思っとうのや」
「それなら今後はもうちょっと、あの鳥頭も回るようになるやろ」
 信太はほんまに情けなそうにそう話し、うつむきがちに煙を吐いた。それはまるで、ため息のように見えた。あるいは、吐き出された魂みたいに。
 啓太はその正体そのままの、ひどく冷たい顔をして、もう諦めたように信太を見下ろしていた。
「……冷たいな。お前はもっと熱い奴やと思うてたわ。もう、飽きてもうたんか。何日も経ってへんのに。俺はあいつが、可哀想やわ」
「じゃあ、お前が慰めてやればいいよ。信太は飽きてどっか行ってもうたしな、もう帰って来ないって言うといてくれ。それであいつも、諦めるやろ」
 そうやなあ。諦めるやろ。新しい相手がいて、そいつが優しくしてくれれば、きっと忘れてしまうやろ。アホやしな。三歩歩けば忘れてもうてる鳥頭なんやから。
 信太はそういうふうに、思ってたんやろ。それが事実というよりも、そうなんやないかと恐れてた。もしくは、そうであればいいがと、願ってた。俺が亨に、お前にはどうせすぐ、新しい相手ができる。俺がおらんようになっても、長く一人で泣いてはいないやろうと思ってたように。
「中に居るんやろ?」
 扉の奥の部屋の中を視線で指して、信じられへんという声色で、啓太は訊いた。それは言葉のとおりの質問ではなく、もうすぐ捨てていくと言うてる当の相手が部屋の中に居るのに、お前はどういう神経なんやという意味やった。
「まだ寝てる」
「飽きたんやったら、せしめるのはやめたらどうや」
「まあまあ、啓ちゃん、そう言うなやで。まだええやん。俺が蔦子さんとこに居とう間はな、俺のもんやで。ぐらっとくるまでの我慢やないか。地震まであと三日や。そう焦らんでも、もうすぐなんやで?」
 もう吸い終えた煙草の先の、赤く灯った火をじっと見て、信太は困ったような、淡い笑みやった。灰皿ないしな、廊下は禁煙やし。消すとこなくて、どうしようかなと思ってんのか。それとも、もうすぐ燃え尽きそうやなあと、思ってんのか。
「ああ、そうや、本間先生。絵は描けました? まだです? 頼んであった不死鳥の絵やけども」
 急に俺に話を向けて、信太はまだ冷たい目で見てる啓太を無視した。相手に答える気配はなかったけども、信太も答えを聞くつもりはないらしい。
「いいや。まだや。今日にでも描こうかと。この後どこかで画材屋探して、簡単にでもええから描くつもりや」
「そうかあ。それは楽しみや。俺ももう一回くらいは、あいつがほんまにフェニックスやったんやというのを見てから逝きたい」
「まだそうと決まった訳やない」
 俺は事実を教えてやっただけや。お前が死ぬとは限らへん。
 それともちょっと、励ましてたかもしれへん。信太はそういう俺のことを、面白そうに眺めてきた。
「そうやなあ、先生。どうなんのかは、その時になってみないと分からへん。どう転ぶかは時の運。そうかもしれへん。でもなあ、蔦子さんはどう転ぼうが、俺を本家にくれてやるつもりみたいですよ。十年前に、登与様に俺をくれと言われて断ったでしょ。それが間違いやったしな、正しいコースに戻さなあかんと、思ってるんやって」
「お前なんか要らん」
 俺は即答で断っていた。信太は生き残るんやしな、それなら海道家を出る理由はない。いずれ竜太郎が本家の家督を継ぐことになるやろうけど、その時、他のと一緒に来ればええねん。
 何もそう、焦ることはない。おかんは当分元気やろうし、竜太郎はまだ中一や。まだまだ、ほんまのおかんのところに居たいやろ。
「困ったなあ、どうせえ言うねん。蔦子さんは俺に出ていけ言うし、先生は要らんて言うし。そしたら俺はお野良やないか。今さらそれは参るんやけどなあ」
 ぼやく信太の話を受けて、水煙がぽつりと突然話した。
 もろうとけ、ジュニアと。
 この虎は、使える式神や。お前の手持ちの駒として、こういうのが居れば居ったで心強いやろうと、俺にすすめた。
 ありえへん、それは。なんで虎と亨を同じおりの中に入れといたりするねん。あっと言う間に食われるわ。実現しない話とはいえ、よくもそんなことを俺にすすめるな。
「先生、俺も本家に行きたい訳ではないんや。神戸が性に合うてる。聖地もあるしな。それでなくても、俺はこの街が好きなんや」
 虎は渋々、身の上話をする口調になった。俺はむすっとして、それを聞いていた。
「元は大陸の出なんです。俺は長く中国の、宮廷に仕えた霊や。せやけど紫禁城しきんじょうにはもう皇帝はおらんしな。トドメに文革ぶんかくの嵐に追われ、神も仏も絶滅しかけて、俺もこんな島まで逃げてきてもうた。東海の彼方にかき消えるつもりが、ここは案外居心地が良うてな……寄り道したきり、居続けや」
 信太は懐かしそうな目やった。
「なんでもありです、神戸は。このホテルの近所を、見てみりゃわかるやろ。南に生田いくた神社、ちょっと東へ行けばカトリック教会、西へ行ったら回教寺院。プロテスタントにロシア正教、ヒンドゥー教にシーク教、仏教の寺もあるし、中華街には孔子様やら関羽様やら。果ては阪神タイガースやろ。ほんまに神様仏様、なんでもおるわ。いろんな神が、喧嘩もせんと共存している。人もそれを追い立てたりせえへん。有り難いなあ、とりあえず拝んどこうかって、そういう気質でしょ、この国の人らは」
 それがちょっと、無節操やという皮肉な笑みで、信太は批評した。けどそれを、笑える立場にお前は居るんか。それのお陰で助かったんやで、お前は。
 小さいながらも、神戸には中華街がある。そこで焚かれる香の煙。黄色い屋根瓦。中国語で祈る、華僑かきょうのお婆ちゃん。そういう人らの素朴な信心が、消え去るはずやった大陸の虎を、この島に呼び止めた。
 文革ぶんかくというのは、文化大革命のことで、社会主義化した中国全土に吹き荒れた政治的な粛正、弾圧の運動ムーブメントや。そこでは、様々な宗教や、学問や文化が、金満ブルジョワ的で、庶民の敵やとして否定された。社会主義の創始者であるカール・マルクスが、宗教は民衆の阿片アヘンであると決めたからやった。つまり毒やと。民を害する悪魔サタンやとして、あらゆる神を絶滅しようとしたんや。
 確かに昔の坊さんたちは、とても生臭かった。今でも生臭い坊主はいるかもしれへんけど、昔の坊主の生臭いのは今の比やない。軍隊持ってて、ちょっとした王様みたいなもん。日本にも比叡山には僧兵がおったし、カトリックの教皇かて十字軍を組織したやろ。神威を背景に持った、政治的、軍事的な権力集団やったんや。
 ちょい昔まで、地域によっては今もって、神様たちは時に政治の道具やった。そしてその神を祀る神官たちは、神の威光を借りて現世の権力を握る。その力によって、あたかも悪い王様みたいに、民衆を搾取することもあったんや。
 腐った神なら要らへんて、それがカール・マルクスの考え方やったんやないか。神も腐れば鬼や悪魔サタンと、なんも変わらんのやからな。殺さなしゃあない。破廉恥やけども神殺しをして、民を守らなあかんのや。
 けどそれは、社会主義自体も宗教だったからに他ならない。民衆という新しい神を、崇める宗教や。ヤハウェやアッラーが神殺しを行ったように、社会主義の神も敵対する神を徹底的におとしめて殺そうとした。狂信的になった信者たちが、異教の聖職者を殺し、文化財を焼き払った。古くから崇められていた神像の首が落とされ、貴重な古代の壁画は打ち壊された。尊いモノも、美しいモノも、なにもかも一緒くたにぶっ壊されてもうた。東海トムヘの向こう岸には、そういう悲惨な時代が過去にあった。
 言葉というのは不思議なもんで、物は言い様や。用語が違えば、ぜんぜん違うモンに聞こえるけども、言い換えてみれば真相はなんのことない。
 カール・マルクスは学者やったけども、教祖でもあった。それを神か預言者とあがめる連中は、さしづめ社会主義教の神官といったところか。大昔から人類が繰り返しやり続けている、神と神とのイデオロギー対決や。ある信心が、別の信心を否定する。くだらない争いごとなんや。ただ皆、幸せになりとうて神様を拝むもんやのに、なんでそれが殺し合いに発展すんのか。
 しかしこれも、激動する時代の嵐。人類社会の発作のようなもん。時々、なまずが暴れるように、忌まわしくはあっても、避けることはできへん。それは神が、この世界の天地あめつちが、激しく鳴動しながら生きている証拠や。
 神には時々、荒ぶる時期があるもんなんや。そうして襲いかかってきて、罪もない人を喰らい、神を喰らっていく。被害をどの程度に抑え込むかは、その嵐と立ち向かう巫覡ふげきの力量しだい、心意気しだいや。荒波に揉まれるとき、どちらにかじを切るか、それを決めるのは巫覡ふげきの仕事やで。
 それによって助かる命の数も変わってくる。古代から、神の神秘に通じる神官たちは民に崇められ尊敬されてきたが、それは彼らが民の命を握っていたからや。神楽さんの元同僚の人らに、物理学者や医者なんかまで居るように、古代から神官いうんは、学者でもあり哲学者であり音楽家でもあった。その時代ごとの科学や知識に精通していたんや。もちろん民を救うためやで。
 民の心を安らかにするために、絵を描く神官も居れば、歌歌う神官もいる。何によって人に尽くすか、それは持ち前の才能しだいや。
 俺のおかんは踊る巫女やし、俺は絵を描く神官なんやで。新しいイデオロギーを考えて、民を救おうとするげきが異国に居っても、それは別に不思議でもなんでもないやろ。カール・マルクスは世直しをしようとした。その時代にはびこる鬼を、殺そうとしたんやろ。
 信太はそのとばっちりを浴びた。宮廷で飼われる霊獣として、のんきに包子ぱおず食うてただけやったのに、ちょっとのんきにしすぎたか、民には悪魔サタンの仲間やと思われたんやな。霊獣なんかおらん、そんなものは迷信やと、そう信じ始めた時代の波に殺されかけた。
 そのまま放っておけば、信太も鬼に化けてたか、それともあえなく消滅するコースやったやろ。しかし、たまたま中華街に、若いツバメとツバメの巣のスープを食べに来た蔦子さんに拾われた。内緒やけどな、その頃まだ蔦子さんは独身やったんやで。ツバメも今のツバメと違うんや。別のツバメ。
 蔦子さんは占い師やろ。神戸は元町にある中華街、南京町から、通りを一本北へ移ると、そこには占い師がうじゃうじゃいる、占いの街らしい。みんな蔦子さんのお友達たちやないか。気が向けば蔦子さんもそこで、お客の未来を視てやったりすることもあるらしい。
 それもちょうど、そんな日のことで、飯時なって腹減ったなあって、すぐお隣の中華街に飯食いに行き、そこで大陸の虎を見つけたわけや。
 虎は相当飢えていた。蔦子さんはそれに血をやって、自分の式神として連れて帰ることにした。それからずっと、虎の信太は海道家にいる。蔦子さんのことを、自分の命の恩人やと思うてる。助けてもろうた命や、蔦子さんが死ねと言うんやったら、いつでも死ぬ。それが忠義やと、信太は考えていたらしい。
 案外、可愛い性格やねん。あんな派手な虎やのに、根は純情なんや。信太はたぶん、傷ついていた。守っているつもりやった民から、お前はいらんと追い払われて、どこでどうやって生きていったらええんか、道に迷っていた。そこへたまたま現れて、あれせえこれせえと命令してくる巫女姫様は、信太には都合のいいあるじやったんやろ。
 なんとはなしに気まずい話やけども、信太は蔦子さんが好きやったんやないか。せやけど蔦子さんには旦那がおるしな。後から飛んできた若いツバメでも、蔦子さんの旦那は一応、人間の部類やった。蔦子さんと結婚して幸せになれたし、竜太郎かて生まれたんやんか。それに引き替え自分は外道や。さしもの強いタイガーも、諦めるほかはない。血をやるから我慢せえと言われたら、我慢するしかない。それがしきというもんや。
 せやけどその傷も癒えたんやろう。虎は強い生き物やしな、それに生きている限りは、人も神も前進する。幸福になろうとして。
 ラジオで聞いた話の、震災で妻子を失った男も、十年目にして立ち直り、新しい彼女と結婚しようとした。徹夜の婚前ダンスパーティーで地震に揺られ、友達の半分以上を失った呪われたカップルも、とうとう船上結婚式やった。俺のおとんも、戦後六十有余年にして、実は居ましたと、俺とおかんにカミングアウトした。邪悪な小悪魔・神楽遥ちゃんも、とうとう己の邪悪さを認めて、めちゃめちゃ中西さんといちゃついている。
 だから虎かて新しい恋もする。今度は幸せになれそうやった。不覚にも恋のキューピッドさんやった、うちの水地亨のお陰様でや。今度こそハッピーエンドのコース。
 ところがそれが、デッドエンドとは。虎は嘆くというより、皮肉なもんやと苦笑の顔でいた。
「どしたん兄貴、なんで起きたん」
 寝ぼけたような声がして、頭ぐちゃぐちゃの赤毛が信太の背後から顔を出した。寝ぼけたような顔やった。それに頭からすっぽり、ハロウィンのお化けの仮装みたいに、はがしたシーツをかぶってる。
 でも敢えて空想するまでもなく、その下になんも着てへんことは、一見して分かった。
 分からんかったら良かった。朝から嫌なもん見てもうた。俺まで邪悪になったらどうすんねん。めっちゃ美しい肌やった。言うたらあかんから以降は省略。
 見ない見ないと顔を背けて、苦虫かみつぶしてる俺をよそに、虎は焦ったような声やった。
「おいおい、なにを朝から大サービスしとうのや、寛太。せめて服着てこい。襲われたらどうすんねん」
「誰が襲うんや、この状況で……」
 亨が一応ちょっと訊きたいという口調で訊いていた。
「いやいや、亨ちゃん、わからんで? 世の中、危ない奴ばっかりや。それにこのホテル、外道か巫覡ふげきかしか居らんのやで? ぼやっとしてたら連れてかれてまうかもしれへんで?」
式攫しきさらいか」
 真面目に言うてるらしい虎に、亨は至って真面目に答えてやっていた。
「そうそう。式攫《しきさら》い。もしくは神隠し。寛太アホやから、誰にでもついていくしな。飴玉やろかとか、そんな手口でも普通にひっかかるんやで」
「お前はどこまでアホやねん、鳥さん」
 罵るというより本気で心配してるみたいな口調になって、亨はにこにこしているシーツのお化けを哀れむ目で見た。
「だってそんな悪いことする奴おると思わへんねんもん」
 いかにも頭にお花畑みたいな、癒やされる感じの脱けた笑顔で、不死鳥は答えた。
 俺、不死鳥ってもっと、賢い鳥なんやと思うてた。何となくのイメージやけど。亨に読まされた手塚治虫の漫画『火の鳥』では、不死鳥ってもっとインテリ系っぽかったで。
 せやのに鳥さんは、どう見てもアホというか、まるで子供みたいや。車運転したり、竜太郎に言われて携帯で株売ったりできんのやから、ほんまのアホではないんやろ。
 氷雪系が言うように、考えようという意欲がないだけで、知能はあるのかもしれへん。でもそれが、全くにじみ出てない。力はあるけど、それを振るってる時がない。あたかも本家のぼんくらのぼんみたいに。
 そう思うと何や可哀想なってきて、俺は同病相憐れむ気持ちになった。
 こいつ、ほんまに神の鳥なんやろか。ただの鳥なんと違うんか。せやけど何事も信心や。まずは形だけでも不死鳥っぽくしてやったら、何とかいい方向へ転がり始めるかもしれへん。たとえ、ほんまはただの鳥でも、嘘から出たまことや。昔の人も言うてはるやろ。いわしの頭も信心からって。嘘でもハッタリでも使うて、こいつ不死鳥やって皆が信じてくれるようになれば、それが、ほんまの力になるかもしれへん。
「あのな、寛太。本間先生がお前のために不死鳥の絵描いてくれるらしいわ。そんな格好してへんと、ちゃんと服着て髪の毛とかしとけ。先生かてお暇やないんやからな」
 くどくど世話焼く口調になって、信太は相方を部屋の中に戻らせようとしていた。たぶん鳥のセミヌードを見られたくないんやろ。ケチなやつや。その気持ちは良う分かる。
 せやのに鳥は分かってへんみたいやった。
「亨ちゃん、先生とどっか行くんか。デート?」
 にこにこして赤毛の鳥は、戸口にもたれる信太の肩に細面の顎を擦り寄せ、亨に世間話を仕掛けてた。
「絵の道具買いに行くんや。どっかに画材屋あるか探さなあかん。お前もチラシの裏に描かれたくはないやろ?」
 難しい顔をして、亨は教えてやっていた。お前のために貴重な時間を割いてやんのやから、感謝しろというふうな口調に聞こえた。
「チラシの裏でも、別にええけど。絵の道具やったら、三ノ宮さんのみやにあんで。東急ハンズが。前に竜太郎が、絵が下手なんは道具が悪いんやってブチキレてな、蔦子さんの言いつけで、俺がいちばん高いやつ買いにいったもん。それでも絵、下手なままやったんやけどな。可哀想やなあ、竜太郎。世間には金で買えへんもんがいっぱいあるなあ」
 まさかすぐ隣で、そのキレた竜太郎が命がけで未来を視てるとは知らんのやろうか。鳥さんは情け容赦なく暴露していた。しみじみ言うてる鳥さんは、どこか悟ってるようにも見え、アホなんか賢いんか謎やった。
「東急ハンズか。そういや、そんなんあったな。そこでええやん、アキちゃん。飯食ったら車で行こう」
 亨がもう去りたそうに、俺を促していた。たぶん、虎にべたべたしている鳥さん見てたら、羨ましなってきたんやろ。亨は何とはなしに、俺の手を握りたそうな素振りやった。でも、握ったら怒られると思ってんのやろ。もじもじ挙動不審に自分の指を揉んで、苛立った素振りやった。
「亨ちゃん、その指輪どうしたん」
 アホのくせに目ざとく、鳥は指摘してきた。亨はそれに、なぜか気まずそうな生返事をした。さっき氷雪系には自慢げやったくせに。なんで今は誤魔化したいのか、俺はようく分かっている。信太が居るからやろ。お前という奴は、中西支配人といい、虎といい、あくまで未練たらたらなんやな。
「もろたんや。昨日、アキちゃんに」
 結局、言うしかないわというふうに、亨は答えた。虎は肩に鳥さんとまらせたまま、にこにこしていて、恐ろしいまでにノー・リアクションやった。なんとも思わんらしい。残念やったな、亨。ざまあみろと正直思う。
「先生とオソロやな。信太の兄貴と、怜司れいじみたい」
 にこにこ言うてる鳥の目つきが、どことなく切なそうな気がして、俺にはそれが不思議に思えた。昨日は虎が湊川怜司みなとがわ れいじとキスしてるのを、にこやかに見ていたボケてるこいつが、そんな顔するなんて。
「オソロって、あのイケイケのDJと信太が?」
 まるで悪魔サタンを見るように、亨は信太を咎める目をした。神楽さんがお前をそういう目で見てたよなあ、出会ってすぐの頃には。
「どないなっとんねん、虎! 鳥さんラブやて言うてたくせに、なんでDJにオソロの指輪を与えたりしとんのや。死刑!」
 亨は死刑宣告のどさくさで俺の手を握り、ガミガミと虎をとがめた。信太はそんな亨を、気まずそうに、でもちょっと面白いのか、にやにや苦笑して見つめていた。
「ずうっと前にやったやつやで。オソロやないで。同じの欲しいて言うから、同じの作ってくれてやったんやで」
 信太は上半身素っ裸のくせに、指輪はしていた。銀色の髑髏どくろのやつを。
「いつも死を思わなあかんねん。死を思えメメント・モリやで、亨ちゃん。今日は元気で生きてても、明日は髑髏どくろ髑髏しゃれこうべ。今日という日を有意義に、めいいっぱい楽しまなあかんねん。悔いを残さんようにな」
「それとDJにオソロの指輪やんのと、何の関係があるねん」
 亨はあくまでそこが気になるらしかった。
 どうでもええやん。お前に何の関係もないやんか。湊川と虎がデキてようが、いまいが、お前の生活になんの変化もないんやで。
「何の、って。ほんまに、ずうっと前やで。地震よりも前やったから、もう十年以上前やで。あいつも案外、物持ちがええわ。俺もこれだけは、肌身離さずやけど」
 やっぱり、そうなんやないかという気がして、俺はかすかにため息をついてた。あの、湊川とかいう訳の分からんやつは、信太が好きなんや。そんなん、いくら鈍い俺でもピンとくる。鈍くはない亨に至っては、激しくピンと来ていたらしい。怒ったような、呆れたような顔をしていた。信太がそれを、なんも意味のないことと思ってるらしかったからや。
 に、鈍い? アホなんか、この虎は。鳥さんでさえ、たぶん分かってる。相変わらずにこにこしてたけど、寛太はねだる口調になって、信太の耳元に話していた。
「俺も欲しい、兄貴。おんなじやつ、俺にもくれ」
「なんでや、そんなん。欲しいんやったら、なんでもっと早う言わへんのや。もう時間ないやんか」
 ぶつぶつ説教めかして言うて、虎は自分の指にはまってるやつを、少々力任せに抜き取っていた。そしてそれを無造作に弟分に与え、これでええやろと満足したように、寛太の細長い指に填めてやっていた。
「なんで、くれんの。怜司れいじとオソロなってまうやん。それでもええの?」
「だからオソロやないって。たまたま同じのしてるだけ。あいつが俺のポリシーに共感してやな、同じのしてるだけや。お前も共感したから欲しいんやろ?」
 本気で言うてんのかなあ、この虎は。
 にやにや笑って話している信太を、鳥さんは急に、むっと眉間に皺寄せて睨むような見つめ方をした。
「違うよ。全然違うやんか。共感なんかしてへんよ。だって俺は死なへんもん、不死鳥やから。死んでもよみがえる。兄貴も死なへんよ。もう俺が居るやん、不死鳥なんやで、そうやって信じてるんやろ?」
「そうやなあ、そうやったわ。俺が死んだら泣いてくれ」
 面白そうに、漏らす息で笑って、信太はよしよしと寛太の赤毛の頭を撫でてやっていた。それはまるで、ちびっこい子供にしてやってるような手つきやった。
 それにも寛太はうっすら顔をしかめていた。
 腹でも痛いんか。なんか変やで。こいつが、へらへら笑ってへんと、どっか具合でも悪いんかと思える。妙なもんでも食うたんか。鳥はまるで、胸でも痛むような淡い苦痛の顔をしていた。
 そして、撫でてる信太の手をふりはらい、すねたように部屋の中に戻っていった。足早に去る白く骨張ったくるぶしが、ホテルの肉厚の絨毯を踏むのが目に焼き付くように見え、俺はまたそれから、目を背けていた。
 俺、最近ちょっと、足に萌えんねんけど、亨のせいか。変なモン、うつされてる。
「寛太な、ちょっと変やねん……お前らと、このホテルで飯食ってから。めちゃめちゃやりたいらしい。飯の後にも、ラブホ行って何回もやらされた。体が燃えそうなんやて。前にも増して、俺のこと好きすぎて」
 にやにや話す信太の話に、亨はガーンみたいな羨望の顔をした。なにが羨ましいことあるんや。俺もお前の蛇並みのエロさを満足させるために日夜頑張ってるやろ。
 その話にショックを受けたのは俺と亨だけやなかった。ごほんと、いかにもわざとな咳払いが聞こえた。
「ああそうか、すまんな啓ちゃん、まだおったんや」
 ほんまに忘れてたんか謎な口調で、信太は隣室の戸にもたれていた眼鏡男の渋面に、片手で拝む仕草をしてみせていた。
「体鍛えときや、啓太。寛太ちょっと変なってきてるで。エロいでえ。あいつ炎系やしな、お前、溶けてまうんやないか」
 冷やかすように言うて、信太はため息をついた。その呼気には香木のような、独特の芳香が、さっきまで吸っていた煙草の残り香として匂っていた。
 信太の指に挟まれていた、吸い終わったくゆる煙草は、もう持ってられへんくらいに短く燃え尽きていた。
「あかんわ、これは。灰皿灰皿。火傷しそうや」
 独り言みたいにぼやいてみせて、信太は部屋に引っ込むそぶりを見せた。
 そのまま去るのかと眺めると、虎はさも当たり前のように空いているほうの手をさしだして、指輪の痕のある指で招き、俺に促した。
「水煙。預かりますから。啓太があかんのやったら、俺のこと、信用してください。貸すって約束でしょう。俺は蔦子さんの式神や。本家のご神刀に悪さして、あるじに恥かかせたりしませんよ」
 確かに、そうかもしれへん。蔦子さんの命令通り、なまずに食われようという男や。この式神は忠実な性分らしい。
 こいつに渡していけばええよと、水煙が俺に囁いていた。話していても、蔦子さんが出てくる訳でもないようや。朝飯すまして、亨と街行っておいでと、水煙は俺にすすめた。
 それには有り難く、従うしかない。俺はどんどん過ぎる時間に焦っていたし、亨は早く、ふたりきりで出かけたそうやった。
 ほな行ってくるよ、水煙。また様子見に来るからと、俺は心で剣に語った。
 様子なんか、見に来んでええよ。新婚さんやし、お邪魔やろうと、水煙は笑っていたけど、それはちくりとした皮肉やった。
 我慢できるもんと、できへんもんがあると、水煙は俺に言っていた。
 そして、俺はまた水煙が、我慢しづらいことをしてみせた。亨と結婚して、同じ指輪を填めている。でも水煙は鳥さんみたいに、指輪くれとは強請らへん。
 強請れば俺は、もしかすると、指輪くらいは買うてやってたかもしれん。安いモンやで、それくらい。けどそれは、ただの輪っかや、たまたま同じのをしているだけやと、アホな虎が言うてたような、嘘みたいな理由をつけて、なんとか哀れな水煙に、ちょっとでも罪滅ぼししようかと、焦って決めていたかもしれへん。
 そんなことしても、意味はない。それは嘘や。水煙は別に、罪滅ぼしの指輪が欲しいわけやない。そもそも指輪なんて欲しくもないやろ。水煙はたぶん、自分だけを愛してもらいたかった。でも、こいつはそれを、諦めるのに慣れすぎてる。
 なんで水煙は、自分が剣の姿でない、人に近い形になれることを、ずっと忘れていたんやろ。剣やからやと、自分を納得させておくためか。いくら酔狂でも、道具類と一生一途に添い遂げるようなアホはおらへん。秋津の当主がしきを飼うのはお家のためで、仕方がない。仕方がないと、そう思える理由が欲しいだけと違うんか。
 そうして何世代もの当主の手から手へ受け継がれる間、水煙はずっと、人界では触れれば切れそうな鋭利な姿のままでいた。それが今になって、俺の手に引き継がれたとたんに、しなだれかかるやわな姿で、うっとり抱かれることにしたんは、何故なんや。
 おとんと同じ布団で寝ても、水煙は変転しなかった。だけど俺の傍では、なるべく人の姿でいたいんやと言う。それは俺に抱かれたいからや。辛抱でけへんから。
 そう思うのは、アホなジュニアの自惚れか。
 差し出された信太の手に、俺は抜き身の水煙を預けた。
 やっぱり神楽さんにさやを返してもらえば良かったと、俺はその時後悔していた。
 裸のままで水煙を、虎の手に渡したような気がして、俺はそれに妬けたんや。
 まさか水煙は、俺の手を離れたところで、あの青い姿に戻りはせんやろうと、祈るような気持ちで信じた。
 もしもそうなっても、とがめ立てできる立場やないけど、自分の足では立てない水煙が、どこへ行くにも信太に抱かれていくんでは、俺もつらいし、鳥さんもまた、胸でも焼けたような顔をするやろ。
 嫉妬を覚える。
 それは悪心や。せやけど人には当たり前にある。愛してるから妬けるんやで。独占したいと思うのは、愛してるからやねん。
 信太は鳥が変になってると話してた。でも俺は、そうは思わへん。寛太はだんだん普通になってきてたんや。赤ん坊みたいに無垢で、なんも考えてない鳥頭。ぼけっとしていて欲がない。そんな穢れ無き不死鳥やったのに、寛太は穢れた。
 なんでか。それはこの時点では、誰にも分かってへんかった。そんなん追求してるような状況やなかった。
 せやけどこの話を皆に語って聞かせている今、俺はその答えを知っている。
 亨のせいやねん。邪悪な蛇が、禁断の食いモンを鳥さんにすすめた。鳥はそれをすすめられるまま素直に食った。イタリアン・レストランで食うた、メロン味のジェラートや。
 俺も知らんかった。ジェラートなんか作ったことない。ティラミスやったら作ったことあったんやけどなあと、亨も言うてた。ジェラートは担当外で、習ったことないと。ただの凍ったメロンジュースやと思ってた。
 まさかあれに卵が入ってたなんて。
 肉気のもんや。無精卵やろうけど。それでもあかんのか。牛乳があかんて言うんやったら、あかんのかなあ。とにかく鳥さんはそれで、うっかり穢れてもうてたらしいわ。
 若干、悪魔サタン方向に推移していた。それでも、元々からして、あんなふうな、ぽわんと有り難い神か仏みたいな奴やから、邪悪やいうても神楽さんの百分の一くらい? 亨の一万分の一くらい? 詳しい数字は解明できてないが。
 寛太はこの朝、生まれて初めて嫉妬を覚えた。たぶん昔、まだ自分がいない世界で、睦み合ったらしい虎と、湊川怜司みなとがわ れいじの不透明な関係に。未だに同じ指輪して、それを外してない関係のことを。
 それは普通や。鳥さんが我慢しづらいというのも。水煙が、鬼畜な俺からしばらく離れていたいと思うのも。
 それはもう、仕方がない。でも水煙はちゃんと、俺の所に戻ってくる。そういう気がする。おとんが死ぬ時、水煙はおとんと共に深い海の底に沈んだ。俺が予言のとおり、水底での死を迎えることがあったら、その時水煙はまた、共に沈んでくれるやろうか。
 俺は自分の跡取りを、残していない。子供いてへん。自分もまだ子供やのに、いるわけない。竜太郎は、力はあっても傍流や。秋津の家は実質的に、俺の代で滅びるんやないか。
 もしもそうなら水煙は、俺が死んでもずっと、俺の剣のままでいてくれるんやろか。それともお前は、俺を捨てて、竜太郎のものになることにするか。それがお前の定めやもんな。ずうっと昔から、ずうっとそうしてきたんやろ。そうして不実に次々と、前のから今のへ、心変わりを繰り返してきた。
 アキちゃん好きやと、お前はおとんに囁いたんやろ。そして、おとんに抱かれたか。熱く暗い闇の蠢く、夢に時折現れてくる、あの異界で。俺はそれを時折ふと想像して、ものすごく妬けるんや。寛太と同じ。今さらやのに。もう、とっくの昔に過ぎ去った、俺が生まれるより前のことやのにな。
 俺が夢に立ち現れたら、抱いてくれるかジュニアと、水煙が俺に訊いた。寝床で蛇を抱くような、そういうものとは違うかもしれへんけども、熱く深く交わって、震いつくような心地にはなれる。お前にはそれだけやと、物足りないかもしれへん。それでも蛇のおらへん時空でやったら、俺にも言うてくれるか。水煙、お前が好きでたまらへんと。
 さあ。どうやろ。ほんまの話、俺は滅多に夢は見いへん。覚えてないねん。
 ぐっすり死んだみたいに眠って、夢は見ないようにしてる。子供のころからの、おかんのしつけやねん。夢やら見んと、朝までぐっすりお休みやすって、おかんが俺に暗示をかけた。せやから俺は、夢はほとんど見た覚えがない。
 記憶に残ってへん夢んなかで、俺が水煙と逢うたか、それは知らん。だって憶えてへんのやもん。
 もしもそうなら、それは不実と思うけど、嘘の指輪とどっちがましか。浮気な夢やと亨は怒るかもしれへんけども、それでも抱いて寝てんのは亨のほうやで。新開師匠やないけど、剣を抱いて寝てるやなんて、そんな変な奴、普通はおらへん。
 何事かあれば飛び起きて、すわ戦闘、ていう、そんな事態でなければな。
 俺が水煙を、抱いて寝るなんて、そんなことがあるとは、この時はまだ夢にも思ってへんかった。
 俺は結局、水煙の静かな問いかけには、なにも答えられへん口ごもった沈黙のまま、亨に連れられて、その場を去った。水煙を、分家の式神たちに預けて。
 そして、何日ぶりかで、亨とふたりきりのドライブに出かけた。ヴィラ北野の優雅な車寄せを出て、迎賓館みたいな黒い飾り格子の門をくぐり、坂を下った下界の街、神戸の繁華街、三ノ宮さんのみやへ。


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