SantoStory 三都幻妖夜話
R15相当の同性愛、暴力描写、R18相当の性描写を含み、児童・中高生の閲覧に不向きです。
この物語はフィクションです。実在の事件、人物、団体、企業などと一切関係ありません。

京都編(2)

 アキちゃんはぷんぷん怒りながら、描きかけの絵があるという作業棟に行った。
 そうやって去る前に、前もって用意してたらしい真新しい財布を、俺に握らせた。そして、コーヒー買ってこい亨と、命令するみたいに俺に言った。どうも、アキちゃんは恥ずかしいらしかった。
 俺が小銭程度も現金を持ってないのを知って、アキちゃんはそれでは不便だろうと思ったらしい。それで俺のためにお小遣いを用意してくれたんやって。
 そう言う割には、財布はけっこう分厚かった。
 これって、あれか。アキちゃんと寝た代金かと、俺はちょっとは本気のつもりで冗談を言ったら、アキちゃんは怒っていた。そんなんやない、立て替えて貰った飲み代を返しただけやといって。そんな話、どこでもするなと叱られたので、一応、ごめんと言っておいた。
 アキちゃんは、俺が好きなのが恥ずかしいらしい。それは時々、俺をぐったりとさせた。恥ずかしいと思う理由がいろいろあるのは分かるけど、そんなに恥なことやろか。女やったらかまわへんのかなと、悲しく思うこともあるけど、どうせそれも言い訳なんや。アキちゃんは、相手が女なら女で、他の何かが恥ずかしい奴に違いない。
 何してやっても変わらへんのや。
 そんなことを愚痴愚痴思いながら、言いつけられたとおり、駅前まで戻って、最近あちこちでよく見かけるようになったコーヒー屋さんで、言われたとおりの種類のホットのグランデを買った。
 そして、ついでに買ったアイスを舐めながら、俺はだらだらと美大の敷地に戻った。
 もう冬休みのはずなのに、そこには沢山の学生が居た。みんな何かを創りに来ているようだった。休みに親元にも帰らんと、悪い奴らやと俺は思った。アキちゃんは京都の子らしいけど、通りかかる他の学生たちからは、時には遠い土地の血が匂ったからだ。
 唐突に語るには、あまりに唐突な話なんやけど、俺は人間ではない。アキちゃんはもちろん、それを知らない。俺が男やっていうくらいで、びびってるような子や。そんな話したらドン引きじゃすまへん。出ていけ言われるかもしれへん。そうなったら、どうしようと思って、まだ打ち明ける勇気が湧いてこない。
 言わなくてもええんとちゃうかという気もする。黙ってればバレへんのちゃうか。ただちょっと変なやつとして、今後もずっと俺と一緒に暮らしてくれるかもしれへん。
 そうだったらいいのにと思うけど、アキちゃんの身が心配だった。
 俺はどうも、取り憑いた相手の精気を吸う類のモノらしいからだ。そして、それと引き替えに、何かを与えるようにできているらしい。勝運とか、才能とか、幸運とか、そういうのだ。俺にそういう運を生み出す力があるわけではなくて、誰かから吸ったもんを集めて、別の誰かにまとめてくれてやってるっぽい。俺自身も、人様から吸い上げた精気で命を繋いでいるらしく、誰からも吸わないでは苦しくてたまらん時もある。
 俺は自分の正体が実際のところ何なのか、よくわからへん。とにかく、気がついたらこの世にいて、それからずっと生きている。子供やったこともあるけど、だいたい若いままで、よくよく思い出してみると、女やったこともあるんとちゃうやろか。でももうそれは記憶の彼方で、どうやって性転換したのか、いまいち思い出せない。
 なんでそんな肝心のことを忘れてもうたんか、この一週間では特にがくっと来てるんやけど、でも忘れたもんは仕方ない。なんかの拍子に思い出せるかもしれへん。
 そんなことより、アキちゃんが枯れたらどうしようって事のほうやった。
 なんか今朝も、疲れてたみたいやし。ちょっと俺、やりすぎやろか。だけどアキちゃんが好きすぎて、やめられへんねん。ずっと抱き合っていたい。そうするとムラムラしてきて、毎度毎度オチはおんなじやな、みたいな。それじゃまずいか、相手は生身なんやから。
 そう思いながら、道順を教えられていた作業棟なる建物に行くと、ものすごく古い、おどろおどろしいような所だった。いくつか憑いてますみたいなオーラがむんむん出ていた。アキちゃんは、こんなとこで一日絵描いてて、よく平気やなと、俺は感心した。
 ねっとりと沈み込むように暗い廊下に、先にアキちゃんが通った跡だろう、一条の明るい筋道がまだ残されていた。それに気づくと、一刻も早く会いたい気がしてきて、俺は二段とばしで階段を駆け上がった。連日、アキちゃんとやりまくる極楽生活で、体調はものすごく良かった。うっかり空でも飛べるくらいに。
 まだ熱いコーヒーを早く届けてやろうと、俺は辿り着いた四階の廊下を足早に行った。アキちゃんはカフェイン中毒らしい。家でもいつも豆から挽いたコーヒーをたっぷり淹れて飲んでいる。俺はどっちかいうたら紅茶のほうが好きやけど、アキちゃんが好きならコーヒーでええわ。
 うっふっふ、健気やろと、機嫌良くそう思ってにやにやしてから、俺は遅まきに気づいた。廊下の向こうで、アキちゃんが絵を描いているという部屋を、じっと睨んでいる女の子がいることを。
 その子がけっこう可愛かったんで、俺はぞくっとした。ただの人間を、怖いと思ったのは初めてだろうか。
 女の子は思い詰めたような未練の顔をして、暗く見つめていた。もしかしてそれが、アキちゃんをクリスマス・イブに振ったという、あほな子ではないかという確信めいた予感がして、俺は思わず立ち止まっていた。
 後悔して、よりを戻しに来たんやろうか。こんな可愛い子と、思ってなかった。女の子は雪みたいに白い肌に、今時珍しい、お姫様っぽいストレートの黒髪をしていて、それを内巻きにゆるくカールさせていた。大きな黒い瞳に、長い睫毛がお人形さんみたいで、着物を着たら似合いそうだと思った。
 これがアキちゃんの好みの女ってことなんやろか。
 今から、この子が部屋に来て、やっぱり好きって言ったら、アキちゃんはどうするんやろ。俺に出ていってくれって、頼むのか。そうなったら、それで、仕方ない、アキちゃんの自由やもん。だけど俺は悲しい。
 コーヒー冷めるわと、ぼんやり思って、俺はそれを、ちゃんと届けることにした。黙って消えるべきかもしれへんけど、それはちょっと、痛すぎたので。
 扉を開くと、ぷうんと臭い油の匂いがして、ものすごく大きなキャンバスの前に、アキちゃんが首をかしげて突っ立っていた。絵は川の絵だった。川原に草が茂っていて、水は滔々と流れている。ゆったりとして綺麗な絵だった。温かいような何かが、あふれ出て来るような。
 扉が開くのに気づいたのか、アキちゃんはふと気づいたという仕草で、こっちを振り向いた。
「なんや、亨か」
 誰やと思ったんやろう。アキちゃんは照れたように、そう言った。
「アキちゃん、コーヒー買ってきたで」
「俺の分だけ買うたんか。自分の分は?」
「俺はもうアイス買って食ったもん」
 そばまで行って、プラスチックの蓋のついた紙のカップを手渡すと、アキちゃんは呆れたような顔をした。
「この寒いのに、ようアイスなんか歩き食いするな」
「だって食いたかってんもん」
 でも確かに寒かった。アキちゃんの手を握りたい衝動にかられ、俺はそれを我慢した。寒いから、抱いてって頼んだら、ここでも抱いてくれるやろか。
 無理かな。無理やろうなあ。だけど手ぐらい、繋いでくれるかな。
「アキちゃん、外の廊下に、洋服着た日本人形みたいな女の子がいたで。この部屋のドアを、じっと見てた」
 俺がそれを教えると、アキちゃんはぎくっとしたように、顔をしかめた。
「あれって、アキちゃんの、元カノなんちゃうの」
 笑って訊ねると、アキちゃんはますます難しい顔をして、絵に向き直った。手、繋いで欲しいと、心で呼びかけてみたけど、アキちゃんは繋いでくれなかった。いつもそうやねん。アキちゃんは自分からはそんなことせえへん。
「俺、やっぱり、居たらあかんかな。アキちゃんのとこに。戻ってきたいんとちがうかな、あの子」
「もう鍵変えたし、戻られへん」
 アキちゃんは怒ったように、そう答えた。
 話を聞く限り、アキちゃんはあの女の子のことを、恨んでるっぽい。描いてやった絵を、いらないと言われて。まだ二十歳そこらの女の子なんやし、絵なんかより、鞄とか、指輪とか、そういう実のあるモンが欲しかったんやろうか。金回りのいい恋人からもらう、クリスマス・プレゼントなんやし。
 でもきっと、アキちゃんは、彼女が好きだったから、絵を描いてやったんやで。買おうと思えばアキちゃんには何でも買えたやろうけど、そういうんじゃない贈り物を、好きな子に貰って欲しかったんや。
 若い女にはそういう男の純情は、わからへんかったらしいで。
 それに未だに傷ついてるアキちゃんは可愛いけど、ぼんぼんやな。酔っぱらって、女に振られたって話してたけど、たぶん、振ったのはアキちゃんのほうなんやん。自分の真心を無視した女を、許せなかったんやろ。
 だけど彼女が悔やんで戻ってきて、ごめんねって言うたら、許そうって気になるやろか。
 そう思って眺めたアキちゃんは、苦い顔してコーヒーを飲んでいた。
「お前はどう思う。この絵」
 まだ辛そうな顔をして、アキちゃんは首を巡らして描きかけらしい大きな絵を俺に示した。
「綺麗な絵やん。見てて気持ちいい。この川原に、俺も行ってみたい」
 絵の具だらけで、ホコリに煤けてもいる小汚い壁にかけられた絵は、油絵のように見えた。アキちゃんが描いた筆跡の見える近さに寄って、俺は絵を眺めた。
 筆遣いを見ると、けっこう細かい。こんなでっかい絵を描くのに、何日くらいかかるんやろ。朝から晩まで毎日描いて、それでも仕上がらへんようなもんを、よく飽きずに描いてると思うわ。そうまでして描きたいもんが、この世にはあるのか。
「何か足りないような気がするんや。それが何かわからへん」
 むすっとして言う、アキちゃんの口調は、拗ねた子供のようだった。
 それが可笑しくなって、俺はにやにや振り向いた。アキちゃんは、時々可愛い。
「難しいもんなんやな、絵を描くのも。でもこれ、油絵やろ。アキちゃんは、日本画の学生やったんとちゃうの」
「俺はなんでもええねん。絵が描ければ」
 考えるのを諦めたのか、アキちゃんは嫌気がさしたみたいに、自分の絵から顔をそむけた。
「これって、鴨川?」
 のんびりと春霞のたなびくような、優しい稜線の山々が背景に描かれていた。
「いいや。どこでもないねん。ふっと思い浮かんだ景色を描いただけなんや」
「でも俺、ここを知ってるような気がするわ。なんでやろ。すごく昔に見たことあるような……」
 郷愁を呼び覚ますような絵だった。その中に入りたいと、思えるような。
 アキちゃんはこの絵を、誰かにくれてやるつもりらしい。貰えるやつは、ついてるな。いつもこの絵を眺めていられる。この絵はアキちゃんに、なんとなく似ている。優しく懐かしいけど、凛として寒いような、早春の日の気配だ。
「俺、もし出てくなら、この絵が欲しいな。俺にくれへん?」
 何だか良く分からない強い物欲が湧いてきて、それに動揺しながら、俺は頼んでいた。
「こんなでかい絵、どうやって持っていくんや」
 アキちゃんは険しい顔で、そう咎めた。
「それにお前、これをどこに飾るつもりや。そんなでかい壁がお前んちにはあるんか」
 悔しそうに、アキちゃんは訊いてきた。今まで俺の素性めいたことは、全然訊かなかった。仄めかしもしなかったのに。
「この絵は元々、引き取り手がいる。お前にはやれへん」
「そうか。残念や」
 心からの本音で、俺は悔しかった。飾る壁なんかないけど、とにかく欲しかったからだ。俺はこの絵が欲しい。アキちゃんの代わりに。本当を言えば、アキちゃんが欲しい。でもそれが無理なら、代わりに絵でもいい。何にもなしじゃ、つらいし。
「絵、欲しいんやったら、別のを描いてやってもええけど、すぐには無理や。最低でも何日かはかかる。お前はいつ出ていくつもりなんや。今朝は、もうしばらく居るって、言うてたくせに。はっきり決めてくれ、お前はどうするつもりなんか」
 急に早口になって、アキちゃんは押し殺した怒鳴るような声で言った。俺はそれに、なんだかびくりとした。
「わからへん。だって、どうしたらええの。アキちゃんがどうして欲しいか、俺にはわからへんよ。俺はずっといたいけど、アキちゃんに迷惑かけるつもりはないねん。だって……」
 だって、なんやろ。言ってて自分でもわからへんようになってきた。ちょっと必死すぎ。
 なにを急に、必死になってるんやろ、俺は。
 扉の外の廊下に、まだあの女の子がいるのか、それが怖くて怯えてるみたい。あの子が戻ってきて、自分が邪魔者になる、その瞬間が怖い。
 アキちゃんはあの子のことが、本当に好きやったんやろうか。今、俺を好きなのよりも、ずっと好きやったんか。
 そうや、考えてみればまだ、初めて会ってから、たったの一週間しか経ってない。どこへも行ってない。部屋で抱き合ってただけで。
 陽の光のあるとこで会うと、アキちゃんは眩しかった。近寄りがたいぐらい。
 アキちゃんが、俺を好きなんて、そんなことあるやろか。あの最初の夜だって、俺はあの女の子の代わりやったんちゃうの。アキちゃんは彼女と別れた寂しさで、一発やれる相手なら誰でもよかったんや。男でもええかと思うくらいに寂しかったし、ぐでんぐでんに酔ってたんや。何をしたか憶えてないって、正直に言ってた。
 他の誰より、俺が欲しい、一晩付き合えば、金でも命でも何でもくれてやるというやつは、今までいくらでもおったけど、お前でええかというやつは、アキちゃんが初めてや。それが悔しくて、意地になってるだけかもしれへん。絶対に籠絡してやるみたいな、そんな気分が。
 だけど、寂しい言うて俺を抱くアキちゃんの、本当に寂しそうな様子が、俺にはぐっときたんや。俺も寂しい。ただ一緒にいるためだけに、俺を求めてくれる誰かが欲しい。見返りを求めるんでもなく、ただ手を繋いでくれるような相手が。俺が何者なのか全然知らへんのに、俺が欲しいというアキちゃんが、好きでたまらへん。
「ずっと居たいなら、居ればええやん」
 アキちゃんは悔しそうな、吐き捨てる口調だった。でもこれは、一応その、愛の告白っちゅうやつか。
 先回りして言われたその話に、俺は脳天を直撃されて、呆然としてた。アキちゃんはやっぱり、俺が好きなんや。
 じゃあ、それって、両思いなんや。だって俺はアキちゃんが好きで、向こうもこっちが好きなんやもん。
 そんな当たり前の話を、ゆっくり噛みしめて、俺は震えてきた。寒いのでもなく、怖いんでもなくて、ただ、嬉しい気がして。
「居ていいの。俺、居ていいなら、ずっと居たい。アキちゃんのとこに。あの女が戻ってきたら、断ってくれるんか」
「もう断った」
 アキちゃんはきっぱりと、そう言った。
「さっき来てん。お前が来る前に。あいつもこの絵が欲しい言うてた。こっちの絵が、欲しかったんやって」
 アキちゃんは悔やむような口調で言った。俺はそれを、かすかに呆然として聞いていた。なんや。もっと豪勢なもんが欲しいという女では、なかったんか。
「俺は勘違いしてた。被害妄想みたいなもんか。彼女には悪かった。喧嘩なんかして……」
 アキちゃんはそれが、恥ずかしいみたいやった。確かに、クリスマス・イブの夜のアキちゃんは、かなり格好悪かった。だってどう見ても、振られ男やってんもん。
 アキちゃんは今も、どことなく情けないような様子で、絵の具のあとだらけの床をじっと見下ろしていた。
「彼女には、謝っといた、さっき。誤解してたことは。俺が未熟やったって」
「それで何で、よりを戻さへんかったん」
 期待する答えを聞きたくて、俺は訊ねた。
 アキちゃんは苦い顔だった。そしてしばらく押し黙っていた。
「俺もお前が好きや」
 ぽつりと言われたその一言で、爆発するような歓喜が胸に湧いた。くらりときて、半歩よろめき、何とか自分を抑えた。でも、できるもんなら、抑えたくなかった。今すぐここで、アキちゃんとやりたい。だけどそれは、夜までお預けや。こんなとこで抱いてって迫ったら、いくらなんでも、ぶん殴られるんちゃうか。
「そうか、アキちゃん……俺、嬉しいわ。ありがとう。早う、絵描いて帰ろ」
 思わずもじもじして、俺が頼むと、アキちゃんはムッとしたような、照れ隠しの顔になった。
「あかん。まだ全然仕上がってへんのや。気が散るから、散歩でもしてこい。終わったら、電話するから」
 ぴしゃんぴしゃんと言って、アキちゃんは出ていけみたいな態度だった。全然話が違うやん。傍にいさせてくれるんとちゃうかったんかい。あんまりや。
 でも、アキちゃんが絵を描く邪魔したらあかんのやと思って、俺はおとなしく部屋を出て行くことにした。だってまた、おんなじ家に帰れるもん。だから平気やろ。
 それでも、しゅんとして部屋を出て行こうとする俺を、アキちゃんは呼び止めた。
「あのなあ、亨。この作業棟の、裏手には行くなよ。昔、飛び降り自殺した学生の、幽霊出るらしいから」
「マジでそんなん出るの」
 出るなら見てみたい気がして、俺は訊ねた。
 アキちゃんは自分の大学のことを、変人の巣窟だと言っていた。中には暗い方向性のやつもいて、毎年誰か失踪したりする。そういうやつの自殺した死体が、何年かしてから裏山で突然見つかって、作品に使う枝葉を拾いに行った一年生がそれを見つけ、ショックで心を病んだりするって、そんな怪談まであるらしい。ちょっとした異界や。
 アキちゃんはそう言う話を、馬鹿馬鹿しいと思うらしい。今も否定的な顔をしていた。
「いや……俺は信じてないけど。何か嫌な雰囲気なのは確かだから。竹がやたら茂ってて危ないし、行くなよ」
 竹のどこが危ないんだか、ツッコミたいところだったけど、俺は黙って頷いておいた。
 なんで信じてないモノを、危ないといって警告するのか。それは、きっと、実は信じてるからや。信じてるというか、アキちゃんは何か感じてるんや。
 アキちゃんには、何か霊感のような力があるらしい。霊能力というのか。明日の天気が分かるとか、そういうような第六感みたいなの。本人はそれを認めてないが、何らかの力はある。
 最後に見納めと、描きかけの絵を見つめ、俺はそう思った。アキちゃんのこの絵も、なにか超常の力があるかもしれない。見る者を惹き付けたり、和ませたり、郷愁をかきたてたり。そして虜にして、放さないような。
 俺も取り憑いてるつもりで、ほんまは捕らえられてるのかもしれへん。アキちゃんの変な力に。抱かれてるとそういう気持ちになることがある。アキちゃんのものにしてって、体の芯から震えるみたいな心地よさがある。
 それって何。俺はアキちゃんの管狐くだぎつねか。捕らえられ、使役に答える下僕の霊で、ご主人様の持ち物か。
 それでコーヒー買いにパシらされてんの。
 参ったなあ、それは。参ったなあと、俺は内心、でれでれした。
 もしそうでも、俺は平気。だってアキちゃんのこと好きだから。ずっと傍に居させてくれるなら、それでもいい。アキちゃんがご主人様で、俺が下僕でも。別にかまへん。
 絵なんか早く仕上がりゃいいのにと思いながら、俺は部屋を出た。アキちゃんは絵筆を握るようだった。その後ろ姿を恋しく見つめつつ、俺は扉を閉じた。


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